最終話 第一章 ストックエイジ その1
最終話 ネクロマンサーは世界樹のもとで涙を流す
1章 ストックエイジ
1
サニエが云うにはラースは世界樹の森にいるという。
反乱には失敗したが、彼の居場所を教えてくれた。何故、彼女がネクロマンサーの居場所を知っているのかは、話してくれなかった。
まあ焦る必要はない。時がくればわかることだ。
傷ついていたハートネットとサニエを救ったのは、どうやら僕だったようだ。そう云われても、無が夢中だったので、どのようにして彼らを救ったのかは覚えていない。
あの時、マシアスは町を半壊させた。そのどさくさにまぎれて僕たちは命を取り留めたのだ。
ローランドが例の巨大な盾を装備していないのを見ると、彼が僕たちを救ってくれたことに大きく貢献したことは云うまでもない。
ハートネットは出会った頃と同じような微笑を口元に浮かべている。死にかけたにもかかわらずこんな顔を浮かべられるなんて、強い人だ、と僕は感心した。
これからの戦いに心ときめかせているのか、それとも女のことを考えているのか、その表情からは読み取れない――おそらく、両方だと思うが。
サニエはというと、作戦の失敗、そして、あれほど止めていたローランドとラースの接触に大きく落胆しているのだろう。彼女の表情は暗く沈んでいた。
僕は最後にレオノールの姿を眺めた。
彼女は、出会った頃と同じように無表情だった。
だけど今の僕にはその理由がわかるだけに、慈悲の念が浮かんでしまう。
ローランドに操られる人形。
ローランドの愛を一身に受けているが、答えるすべを持たない人形。
ローランドとレオノール、何という哀しい旅人だろうか。
真のネクロマンサーの力なら、死人を本当の意味で生き返らせることが出来る。
ローランドはかつて云った。
「すべての不幸な者たちを救うつもりか?」
僕は別に英雄になりたい訳じゃない。なれるとも思っていない。
でも、この二人だけは何があっても見捨ててはならない。それが、彼らの秘密を知った僕の使命だ。
陽は高らかと天に昇り、先ほどの雷雲に面目を潰された太陽が、その力を誇示していた。
しかし、僕たちの眼の前には、そんな太陽の光を物ともしない漆黒の森が、驚異的な存在感でもって待ち構えていた。
「ここが世界樹の森。全世界で最大の人外の魔境。一本しかない獣道を踏み外せば、待つのは死……のみ」
サニエが眉間に皺をよせながら云った。
僕は森を見つめ、生唾を飲み込んだ。
世界樹の森は生あるものすべてをたいらげてしまおうとでもいうかのように、その闇の口を大きくひろげている。
「ヒューッ! これが名にきく世界樹の森か。まさか生きている間にここへ入るとは思ってもいなかったよ」
ハートネットは軽口を叩いているが、その表情に余裕は浮かんでいなかった。
それも無理はない。
僕たちは幼い頃にかならず大人から訊かされるのだ。
世界樹の森へは何があろうと足を踏み入れてはならない――と。
「ここは危ない場所だと訊かされてはいますが、いったいどんな危険があるというのですか?」
僕は誰にともなく尋ねた。
これに答えたのはローランドだった。
「俺はかつて一度、ここへ足を踏み入れている。獣道からそれることはなかったが、それでも魑魅魍魎、暗黒時代から生きつづける魔獣などのケハイを感じた。それらは俺たちが、誤って道をそれるのを期待したような、迷うのを待っているような、今にも飛びかかってきそうな、そういった殺意の塊だった。おそらく、実際に道をそれていたら、餌になっていたのは間違いない」
「太陽神フェラーの教えを違えるな……か」
ハートネットがフェラー教団の教えを口にしたのを、遠くからのように訊いた。人生は短い、寄り道などしている暇はない。それは、死と同義、だったか。
「ラースは森の何処にいるのだ?」
「中心、世界樹の下です」
サニエはローランドのほうを向かずに答えた。
世界樹――。
それは生命の紀元とされる大木だ。
世界樹の実から神々が生まれ、神々が従僕として人間を生んだ、という、フェラー教団の伝承がある。べつに僕は信者ではないが、教えくらいは耳にしている。
「俺は神の存在を認めていない。だが、獣道の安全性を考えると、そうも云っていられない。あのときは間違いなく、そう、感じたな」
ローランドがめずらしく恐怖をおぼえているようだ。それを隠そうともしないなんて、ここは、それほどまでに危険なところなのだろうか。
「とにかく、先を急ぐか。いつマシアスの軍に知られるともしれん。いいか、絶対に獣道をそれるな。それが、ここへ入るための絶対条件だ」
僕たちは言葉なくうなずいた。
つづく




