第五話 優しい風は涙を運ぶ その3
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霧が晴れてきた。
廃墟と化した村の全景が、鮮明に眼に飛び込んできた。木造の家屋は一棟たりとも原型を留めていない。すべてが焼き払われ、無残な黒い屍を風雨の中にさらしていた。
ローランドはそれらを一軒一軒見やり、木を背にして腰を下ろした。
「お前が入りこんでいた肉体の持ち主は、ウスウス感づいていると思うが、そう、ネクロマンサー・ラースだ。どこでどう傷を受けたのかは知らないが、大戦で受けた傷だろう。彼の看病をつづけているとき、かつて親友でライバルで、幼馴染のマシアスが謀反を起こしたのだ。
村に伝わる伝説の鞭、ワトリングを奪い、圧倒的な力で蹂躙したのだ。
瀕死の俺を置いてマシアスは村を去った。
あのまま雨風にさらされていれば、衰弱して俺は死んでいたかもしれない。それを救ってくれたのが、ラースだった。
俺は彼の治療を受け、一命を取りとめた。そして、ラースは俺の祖父――長老とその他の勇士たちを復活させた」
おそらく、あの首吊り死体たちのことだろう、と僕は思った。
「俺は復活を見て歓喜したものだ。ムーンジーン、ラクロ、フリアーズの蘇生を心の底から喜んだ。もちろん、レオノールの復活も……な。これで何もかもが、昔の通りに戻ると俺は確信した。しかしニールは、不安要素は徹底して排除する性格のようで、それからすぐに軍隊がこの村を焼き払いにきた。余計な怨念を残さないために。
俺たちはばらばらになって逃げた。俺はレオノール、そしてラースを連れて、東にある世界樹まで移動した。ここなら安全だと思ったからだ。やっかいな森が広がっているからな。案の定、ヤツらは追って来なかった。
ほとぼりが冷めるまで滞在を余儀なくされた。そこで俺はラースに弟子入りを志願したんだ。
最初は渋っていたが、俺の熱意に負けた。そこで一年にわたって修行をしたという訳だ」
「ちょっと待って下さい。そうすると、レオノールさんの、今の状態はどういうことですか?」
ローランドはおもむろにレオノールの名を呼んだ。すると、彼女はふわりと姿を現した。
木の上にいたのか――。
「レオノールは今、眼の前にいるな?」
「ええ、いますとも」
「俺のネクロマンサーとしての能力は未熟だ。それがお前の村の人々を生き返らせられない理由だ」
「どういう意味です?」
「レオノールはあの時、死んだ。眼の前にいるレオノールは、死人のままなのだ」
「え?」
「ラースは俺の修行が終わると姿を消した。おそらく旅を続けるために去ったのだろう。それから間もなく、世界樹の呪いか土地の病かわからないが、レオノールは再び倒れたのだ」
レオノールは無表情のまま、そこに立っている。出会った頃と何も変わらない。感情を持っていないかのような、何事にも無関心な面持ちだ。整った目鼻立ち、すらっと伸びた黒髪で、絶世の美女、といってもいいくらいだ。
しかしそれは、死人の美しさ、人形の綺麗さ、というわけか?
「俺の今の能力は、緑色の玉を受けた者の持つ強い感情に働きかける。その人にとって心に刻み込まれている人物、親族、恋人、それらを具現化できる能力だ。しかし、復活を遂げた者には一切の感情はない。それに、俺が能力を解けば、具現化した人物は煙のように消えてしまう。
そう……人形だよ。心を持たない、ただの人形だ。」
ローランドは一度言葉をきると、自分の胸をはだけさせた。
そこには見なれた、緑色の玉が埋め込まれていた。
「ここにいるレオノールは、ただのからくり人形なんだ! 俺はマシアスを許さない。レオノールはマシアスを決して許さない」
言葉を失った。
この人は愛するものを、大切なものをすべて、親友に奪われたのだ。
僕は亡き両親から云われたことがある。
『死よりつらいことは、裏切りだ』
ローランドは信じていたものに裏切られ、なおかつ奪われたのだ。
そういう人はローランドの他にもたくさんいるだろう。しかし、彼のように真に受け止め、それを正そうとする人物は、はたして何人いるのだろうか。泣きねいりせずに、立ち向かう人物はどれくらい居るだろうか。
彼は僕に云ったことがある。すべての人を助ける英雄になろうというのか――と。なれるわけがない。自分の身体は一つしかない。出来ることは限られている。そして、死、という壁は、決して越えられない。
僕はローランドに何と云えばいいのだろうか。
みつからない。何も思い浮かばない。
「レオノールの夢は、村の伝統舞踊を世界に広めて、若い者たちにそれを教えること。村に伝わる舞は平和を象徴している。彼女の夢は、舞で世界に笑顔を伝えることだった」
ローランドは遠くを見るようにレオノールを眺めた。
「俺の旅の目的はラースを探し出し、真のネクロマンサーの能力を得ること。そして、レオノールと共にマシアスを倒すことだ」
雲の間から光がさした。
光はローランドを照らし、彼の神々しい決意に満ちた表情を浮き上がらせた。
僕はその顔を見て、確信を持った。
僕は彼に着いていく。彼をどれだけ救えるかわからないが、全力でもって彼を助けてあげたい。
僕の夢をかなえるのはそれからでも遅くはない。
「やっぱり、ここにいたのね」
ふいにかけられた言葉に僕は驚いた。
「生きていたか」
振り返ると、そこには、見知った顔が立っていた。
「サニエさん! ハートネット! 生きていたのか?」
「当たり前だろ」
四人――いや、五人ならこれからの旅も何とかなるかもしれない。そんな希望を雲の間から、言葉をかけられているようだった。
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「何をするの!」
「あんたのその一生産まれてこないお腹の子とは、あの世なら再会できるんじゃあないのかい?」
「恩を、恩を仇で返すのか?」
「恩? 僕は、これっぽっちも恩は感じていない。ただ、あんたを利用しただけだよ」
「誰がその能力を与えたと思っているの? おのれ、おのれー!」
「さようなら。そして、ありがとう、ディミートラ。これで、ボクは――」
「させるか。もう一度、改造してあげる」
「まだわかっていないんだね。もう、おもちゃは化け物に変化しているんだよ」
「神聖なる光に満ちた――」
「唱えさせるわけないじゃん。さようなら」
その時、森の中にある巨大な屋敷に、黒い閃光が走ったのを知る者はいない。
「誰にも負けない力を手に入れた。もう、誰にも、バカにされない」
黒い悪意は、ケタケタと笑った。
つづく




