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第五話 優しい風は涙を運ぶ その2

    2


 動け、動け、動けー!

 眼の焦点が戻ってきた。

 声のほうへ首を傾ける。

 最初に飛び込んできたのは信じられない光景だった。

 隣にある居間のような広い部屋に、二十体以上の首吊り死体がぶら下がっていたのだ。

 それらはゆっくりと、前後左右にゆらゆらと揺れていた。

 全員が無念の形相で虚空をねめつけている。家が揺れているように感じたのは気のせいではなかった。首吊り死体がこの家を、大地を、揺らしていたのだ。

「遅かったな、ローランド。もう生きているのはお前だけだよ」

「何てことを――」

「お前が悪いんだ。お前が私からすべてを奪った。力の証、愛する者、すべてをな」

「マシアス……」

「だからお前に私の気持ちを味わわせたかった。すべてを失う無力感を」

「ムーンジーン、ラクロ、フリアーズもみんな友達だったじゃないか。みんな、みんな、あの頃に戻りたかったんだ!」

 また視界がぼやけてきた。

 ダメだ。戻れ。

「もう戻れないよ。なぜなら、レオノールさえもがこんな姿になってしまったから」

「な……レオノール! お前はレオノールまでも――」

「もういらないからやるよ」

 ドスン! かたい物が地面にたたきつけられたような音がした。

「この外道がー!」

 再び建物がきしんだ。ぶら下がった死体が激しく揺れる。このひもをはずせ、解放しろ、そう云ってるようだった。

「お前は私利私欲のために罪の無い者たちを傷つけた。いや、むしろ恩ある者たちに刃を向けたのだ。自分の命で償え」

 空気を切り裂く音。

「待て……待ってくれ」マシアスがここで許しを乞うた? あり得ない。「俺が悪かった。お前の云う通り、自分のことしか考えていなかった。本当に後悔している。許してくれとはいわない。ただ殺される前に、俺は後悔していたと、親父に伝えておいてくれ」

「く……くそ……マシアス、君は卑怯だ。消えろ。早くこの村から出ていけ!」

 ダメだ、ローランドさん。だまされている。きっとマシアスは、心の中で笑っているんだ。

「それは、まさか……?」驚嘆(きょうたん)の声を上げるローランド。

 助けなければ。もう二度と、他人が傷つくのを見たくない。

「はははは。これがワトリングか。はははは。すばらしい。これで誰も私を止められない。私は力ですべてを手に入れることが出来る。無敵だ。私の前に立ちはだかる障害は、すべて取り除く」

 ダメだ! やめろ。

「さようなら、ローランド。犠牲者、第一号になってもらおう」

「それが……ワトリングの力か……」

 ダメだー!


     ●


霞んだ視界の中に、何処かで見たようなシルエットが浮かんだ……。


 マシアスは、僕の存在に気づかず、放置したようだ。いや、排除するに値しないと判断したのかもしれない。

 僕はまだ、生きている。


     ●


「眼が覚めたか、ノリエガ?」

 起き上がった僕の眼に飛び込んできたのは、荒涼とした風景だった。

 乳白色のヴェールに包まれているのは、どうやら霧のようだ。かすんで眼に飛び込んでくるのは、荒れ果てた廃村、そのものだった。

 傍らには心配そうに覗きこむ、ローランドの姿があった。

 僕は腕を上下左右に振ってみた。

 動く――自由自在に動く。すかさず耳を触った。

「夢、だったのか……」

 それにしては生々しい空気、感覚だった。

「いいや、夢じゃない。こいつのせいだ」

 僕は首をめぐらせた。

 ローランドの腕に、奇妙な生物がいた。

 それは男とも女ともいえない人の顔に、八本の甲虫類の足をおもわせるものが生えている昆虫のような小動物のような不思議な生物だった。足らしきものは今もなおピクピクと痙攣しているが、額に突き立てられた短剣のせいて命の炎は消えているようだ。生気の失われた顔は青白く、口からは腸のような管が何本もぶらさがっている。

 ローランドはその内の一本を左手で掴んでぷらぷらと揺らしている。

「こいつは(つち)ヒルだ。人間に土地の幻想を見せ、その悲しみの感情を食料としている」

「土地の幻想?」

「そうだ。その土地にまつわる過去の幻想を見せるのだ」

「と、いうことは、ここは――」

「そう、俺の村だ。いや――だった」

「あれはすべて現実に起こったことなのですか? そうか、だから声に聞き覚えがあったのか」

 ローランドは僅かに顔を曇らせた。

「お前は誰の意識に入りこんでいたのだ?」

「誰の意識? 負傷し、寝たきりで、動くことも話すことも出来ませんでした」

「なるほど……」

 ローランドは過去を見つめるように眼を細めた。彼の意識は今、遠いところを見ているのだろう。過去という届かないところを……。

「くやしくて仕方ありませんでした。自分を助けてくれた心優しい人たちを救えなくて、いうことのきかない身体が憎かったです」

「そう、それが宿命の出会いだったのだ」

「いったい、僕は誰だったのです?」

 ローランドはそれには答えず、もう動かなくなった土ヒルを放り投げた。ごろごろと転がり、うつろな眼が天空を見つめた。

「今こそ、お前に俺の秘密を打ち明けよう。何故、お前の村の人々を救えないのか。その訳を――」


つづく

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