表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/68

第五話 優しい風は涙を運ぶ その1

   第五話 優しい風は涙を運ぶ


    1

「おじいちゃん。村の入り口で血まみれの人が倒れているよ」

 誰だろう。何処かで訊いたことのあるような声だ。記憶をたどっても思い出せないので、僕はそのまま彼らの会話を聞くことにした。だけどすべてを鮮明に聞きとることは出来ない。どうも聴覚がうまく働かないようだ。

「戦争で傷ついたのじゃろう。屋敷で休ませるとよい」

 戦争? 内戦の間違いだろ?

「そうだ。薬草を取りに行ってくるよ。切らしているからね」

「うむ、それがよいだろう。しかし、森の獣が騒いでおる。気をつけるのじゃぞ」

「大丈夫、無理はしないよ」

 やはり聞き覚えのある声だ。まだ若い。少年だ。十代後半くらいだろうか。


     ●


「ぜんぜん良くならないね」

「うむ。傷は完全にふさがっておる。おそらくは、精神的なものじゃろう」

「なおるの?」

「彼しだいじゃなあ」

「早く良くなるといいね。外の情勢を詳しく訊きたいよ」

「そうじゃな」

 ここは何処だ?


     ●


「のう、00000。00000はどうじゃった?」

「うん。やっぱり美しかったよ。年々上手になっている。ムーンジーンはよだれを垂らして、ラクロは眼に涙を浮かべていたよ。あ、だけど、フリアーズはグレン饅頭を食べるのに夢中だったけど」

「ほっほっほ。あやつらしいわい」

 ふいに(ひたい)が冷たくなった。

 気持ちいい。

「まだ熱が下がらないね」

「徐々に下がってきておる。そのうち眼を覚ますじゃろう。左耳が取れかかっておったからな、それだけが心配じゃ。しかし、片方が残れば聞こえなくなるということはあるまい」

「そうだね」

 心配しなくていいよ。意識がはっきりすれば耳くらい治すことは出来るから。


     ●


「今日はフリアーズがね、(てん)(かん)を起こして大変――」

「――またか。おぬしは力が強い、少しは遠慮せんといかんぞ」

「ごめんなさい」

 ここは何処だ。ローランドたちはどうなった? サニエは、ハートネットは? マシアスを止められなかった結末はどうなったんだ?


     ●


「おぬしも今年で成人じゃ。気持ちの整理は出来たか?」

「……」

「0000のことが気にかかるのか?」

「うん。彼は僕よりも実力があった。村を守るなら、彼のほうがむいているよ」

「長老の座を継ぐのは力だけではいかん。人を集める力。人をたばねる素質が必要じゃ」

「だったらなおさら彼のほうが――」

「あやつは確かに人を引きつけるものを持っている。しかし、おぬしとは異質なものじゃ。長老として必要なのは、おぬしが持っておるほうじゃ」

「僕には、わからない」

「せくことはない。そのうち自然とわかってこよう」


     ●


「敵兵だ! 皆武器を取れ!」

「女子供は祠に隠せ、敵襲だー!」

 敵襲? 東の大陸は未だ紛争が続いているときく。戦を仕掛けるのはマシアス軍だ。ということは、マシアスは無事だったのか。つまり、反乱軍は壊滅し、僕は一命を取り留め、この村で看病を受けている、そういうことだ。ハートネットもサニエも、そしてローランド、レオノールもやられたのか。

「大丈夫かな?」

「わからん。しかし、ただ手をこまねいているわけではない。わしらも応戦し、この村に手を出すことを後悔させるのじゃ」

「そうだね。きっと、侵略をあきらめるよ」

「そうじゃな」


     ●


「また来たぞ!」

「女子供、ケガ人は祠へ急げ!」

 やっと眼が開くようになってきた。しかし、焦点が合わない。霧に包まれたように、すべてがおぼろげだ。

 かすかに木造の梁が見える。高さからすると、この家は結構な広さのようだ。

「指揮を取っているのがマシアスだというのは本当なの?」

「うむ。どうやらそのようじゃ」

「なら、僕が行く。僕なら彼を説得できるかもしれない」

「しかし……」

「マシアスはこの村の人たちを愛している。確かにおそろしい使い手だけど、戦えば勝てないだろうけど、話せばわかると思う。だから、行くよ」

「いいや、高確率で負ける。だからここで待っていろ」

「そんなんじゃダメだ。僕の気持ち、想いをぶつけなければ、みんなを守れない。無茶はしない。だから、僕は行く」

「うむ……仕方ない。くれぐれも危険をおかすようなことはしないでくれ」

 本当に大丈夫なのか? あのマシアスだぞ。君は誰だ? マシアスとどんなつながりがあるんだ?

「待って、私も行くわ」

 女の子の声だ。十代後半といったところか。明るくてかっぱつな声だ。姿はよく見えないが、それとなく綺麗な子だとわかる。

「なんだって?」

「それに、私だけじゃないわよ」

 数人が家になだれ込んできた。

「俺たちも行くぜ」

「マシアスは友達だ。何とか説得してみせるよ」

「またみんなでグレン饅頭を食べようよ」

「ムーンジーン、ラクロ、フリアーズ」

 身体が鉛のように重い。首をわずかにそらせるだけで精一杯だ。他人を治すのが僕の能力なのに、これじゃ、あまりにもみじめ過ぎる。

 蜃気楼のような景色の中、四人の仲間たちは腕を取り合っていた。


     ●


 暗い。

 まぶたが開かない。

 真夜中の森に、松明も持たずに飛びこんだような不安感が満ち溢れている。

 動け、身体。

 動いてくれ。

「長老をお守りしろ。何としてもここは死守するのだ」

「やつの狙いはワトリングだ。近づけるな」

 ワトリング?

 ムーンジーン、ラクロ、フリアーズ、少年と少女はどうなったのだ?

「ダメだ。強い、強すぎる!」

 そうか、やはり、説得は無理だったのだ。少年たちはすでに殺されたのだ。動け身体。動いて残ったみんなを助けるんだ。

「お久しぶりです、長老様。ワトリングを貰い受けに来ました」

「マシアス」

「あなたが悪いのですよ。いや、そうじゃないですね。村のしきたりが悪いのか」

「おぬしは勘違いをしておる。ワトリングはふさわしい人物にこそ受け継がれるものなのだ」

「私がふさわしくない、と云うのですか? 村で一番の力を持つ私が」

「それが、勘違いだと云うのじゃ」

「ふふ。いまさらどうでもいいことです。ワトリングは私の物になるのだから」

「マシアスよ……なんと哀れな男か……」

 これ以上、犠牲者を出したくない。頼む。動いてくれ……。


     ●


 家がきしんでいるような気がする。微かな震動。

 ゆらゆら。ゆらゆら。

 気のせいだろうか。

 誰かが僕を見下ろしている。

 マシアスか?

 僕を見下ろしている人物は、鼻で笑って、それから奥へ消えて行った。

 くやしい。僕は何も出来ない。

 動け、身体。

 動いてくれ。

「あなたは、何てことを――」

「やあ、00000。私と行く決心がついたかい?」

「だれが、あなたなんかと。死んでも行くもんですか!」

「そうか……残念だよ。愛していたよ、レオノール。さようなら」

 レオノール? レオノールだと?

「私は、決して、あなたを許さない」

 ダメだ、やめろー!


つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ