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第一話 笑顔を忘れた街で、謎はさらに深まる その5

    5

「ハハハハ」

「は、ははは……」

 僕たちは路地に出ると声を出して――レオノールの眼はすわっているが口元だけ――笑った。

 それを見ると本気で笑いそうになったが……。

 周りの人たちは怯えたように僕たちを見ている。笑うことが罪なことのように。だけどこれが人間として当然のことなのだ。楽しいときに笑う。嬉しいときに笑う。そうやって僕たちは哀しみを乗り越える。

「ははははは」

「来たぞ」

 ローランドの声に僕はおどろいて口を閉ざした。

 一瞬にして僕たちは城の兵に囲まれた。

「お前たち、違法行為と知っての行動か」

「……だとしたら、どうする?」

 ローランドが不適な笑みを見せた。


     ●


 こうやって僕たちは牢に入れられた。ローランドは抵抗し、恐ろしい能力を発動して兵士たちを一網打尽にすると思っていたけど、おとなしくお縄についた。レオノールもただその場に立っているだけだった。それを見た僕も、あきらめてローランドたちの後に続いたのだった。

 連れてこられたのは、闇に包まれている地下独房だった。

 アンモニアとかびの匂いが部屋を満たしている。僕は口をおさえながら、唯一ひらいている鉄格子の隙間から外の様子をうかがった。廊下にはロウソクの灯がゆらゆらと揺らめいている。それ以外に灯かりはない。

「ローランドさん。策はあるのですか?」

 僕は向かいに投獄されたローランドに尋ねた。

「心配するな。今――出してやる」

 やはり策があったあのか。しかし、堅牢な格子をどうやって突破するのか。

「いったい、どうや――」

「しっ!」

 ローランドが僕を咎めた。

「侵入者だあ? 死に急ぐヤツはどこのどいつだ」

「それが、女だそうです」

「それで?」

「もう捕らえました」

「そうか。ここもさらににぎやかになるな」

「いえそれが、女王様が直々に東の塔に連れていったそうです」

 看守のやりとりが聞こえてきた。女が捕まった? まさか……。

「好都合だ――」とローランドが不敵に笑う。

「え? 何が……」

 僕がローランドに質問しようとしたとき、目の前に信じられない光景が広がった。

「そ、そんな、バカな……」

 僕以外のものでもそう叫ばずにいられなかっただろう。

 廊下にレオノールが立っていたのだ。僕の隣に監禁されていたはずの彼女が、何故外にいるのか。どうやって廊下に出たのか。鉄格子を破壊する音などきこえなかった。ましてや、開ける音も。これが彼女の能力か?

 レオノールが突然、舞った。

 キモノと呼ばれる衣服が、まるで生き物のように宙を泳ぐ。足を踏み鳴らし、回転して両手は空を掴むように。眼が離せない。吸い込まれていく……。

 そのとき看守たちも彼女に気づいた。廊下に殺気がともった。しかし、それもすぐに消え去った。彼らもまた、レオノールの舞いに心を奪われているに違いない。

 それは何ともいいようのない舞いだった。

 彼女の踊りを見てうれしくなってきた。神々しいものを現実に目の当たりにしたら、きっと、こういう気持ちになるのだろう。

 それから怒りが沸いてきた。

 こんなことの出来る彼女に対するものなのか。嫉妬心。復讐心。この怒りの正体はわからない。しかし、心の底からにじみ出る怒り。

 怒りを通り越すと哀しくなってきた。

 満たされない独占心。やがて迎えるであろう終焉。涙をこらえられない。何のためにここにいるのか……何故、カーメンと離れ離れにならなければならないのか……。きっと彼女はもう、この世にいない。今ここで死んでしまえば、すぐにでも彼女に会えるのではないのか?

 絶望に捕らわれ、生きる気力も失せようとしたとき、一転して楽しくなってきた。

 今は美しい舞いを全身で楽しもう。嫌なこと、苦しいこと、辛いこと、何もかもを忘れてしまおう。何もかもがどうでもいいことのように思えてきた。

 そのときレオノールの身体から閃光が二つ走った。

 次の瞬間、看守たちのうめき声が聞こえた。そのあとに重いものが落ちる音。

 レオノールの舞いが終わると僕は正気に戻った。完全な無防備、完全な放心状態にあったようだ。光は、暗器――短剣だ。武器は取り上げられたはずだ。どこに隠し持っていたのだ?

 それにしても今の舞いは何だったのだろう。

 美しくもあり妖しくもある。

 嬉しくもあり――。

 そうか……。

 レオノールは感情を表現できない代わりに舞いで補っている。喜怒哀楽を舞いで表現するのだ。彼女は感情がないわけではないのだ。ただ、言葉で表現できないだけ――。

 そのとき、錠のあく音がした。眼の前の鉄格子がゆっくりと開く。

「行くぞ」

 僕はローランドにうなずくと独房を出た。

 薄暗い廊下の中、ローランドがこれ以上ない程の哀しい表情をしていたことに、僕は気づくことが出来なかった。


つづく

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