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第四話 古の国でのカウントダウン 残り十分~0

 残り十分


 マシアスは、あきらかに遊んでいた。努力が無力と絶望に変わるのを待っていた。

 一撃で葬り去ることが出来る実力を持ちながら、彼は僕たちをじわじわといたぶった。

 サニエとハートネットが傷を受けたら僕が即座に治療を施す。

 マシアスはあえてそういう傷をつける。

 遠くでフードの男たちが歓喜して大地を揺るがしている。

「死、死、死、死――」

 そういえば、パプケウィッツは何処へ行ったのだろう。しばらく前から姿が見えない。まあ、彼のことだ。一人でくやしがっているだろう。今回のターゲットはというと、僕たちは二の次になってマシアスになるのかな。そんなことを考える余裕が出来るほど、マシアスは手を抜いていた。

 雨が滝のように降りつづいている。雨粒が痛いくらいだ。

 視界はぼやけ、街の火は完全に鎮火している。よかった。放火は仕方のない行動だった。町の住人を苦しめるつもりはなかったのだ。火が消えて、本当によかった。

 どこからかマシアスの声が響いてきた。もう、豪雨のせいで彼が何所にいるのか僕にはわからない。もう、僕には、戦況がどうなっているのかもわからない。すべては、水の中。

「楽しかったぞ。久しぶりにいい運動をさせてもらった。そろそろ終わりにしよう」

 雨に、誰かの鮮血が混じった。

 誰がやられた?

 力を使い果たした僕は、そこへ駆け寄ることも出来ない。治してやることも出来ない。なんのための能力だろう……。

「別れ、別れ、別れ、別れ――」

 でも、いい。

 すぐに僕もそこへ行くから。

 誰かが近づいてくる。

 雨にぼやけて誰かは見えない。

 だけど、おそらくマシアスだ。

 僕にとどめを刺そうというのだろう。

「ノリエガ……」

 最後だ。カーメン、今、会いに行くよ。

「ノリエガ!」

 ふいに僕の意識が現実に戻ってきた。

「ノリエガ!」

「ロー……ランド、さん?」

 いつの間に倒れていたのだろうか。僕の上半身を抱きかかえるようにひざを曲げているのは、ロ―ランドだった。

「云っただろう。旅が終わるまではお前を守る、と」

「ダメです。逃げて下さい。マシアスは、マシアスは人間じゃない、化け物です」

「いいや、人間さ。それも、弱い……な」

 ローランドは立ちあがると、回りを見まわした。グリニコとゴーゴリの死体を確認すると眉をしかめた。そしてゆっくりと、マシアスを見据えた。

「お前は……ローランド」

「久しぶりだな、マシアス」

 彼らは知り合いか。そうか、ゴーゴリとマシアスも面識があったのだ。おそらくローランドたちは出身が同じなのだ。

「まさか、生きているとは」とマシアスが感嘆の声を上げる。

「死の神シェールに嫌われてな」

 僕はこの隙にサニエとハートネットを探した。生きているのなら、きっと治してみせる。彼らの力を借り、ローランド、レオノールといっしょなら、きっとマシアスを倒せる。

「ところでマシアス、お前に会わせたい人物がいるんだが。ずっと待ち望んでいただろ?」

「ほおう。俺が会いたい人物……か」

「本当は違った形にするつもりだったが」

「誰かな?」

「ふん。驚くなよ」

 マシアスの頭上に雨に混じって赤黒い物が降ってきた。

 マシアスはそれをすべて見えない何かではじき返す。

 次の瞬間、ローランドとマシアスの間に、レオノールが音もなく降り立った。

「レオノールだ」

 マシアスの顔色が変わった。

 雨に濡れて妖艶な美しさをともなったレオノールが、ニッと笑った。

「お前の鞭は通用しない。お前を倒すためだけに、この大きな盾を身につけ、お前を倒すためだけに地獄を生き抜いてきた。マシアスよ。お前は俺とレオノールの手によって葬り去られるのだ。それは他の誰にも譲らない」

 少し離れたところに、サニエとハートネットは身体中のいたるところから血を流して倒れていた。

 シェールが彼らに微笑んでいる。早く治療しなければ――。

 空気がざわめいている。

 何かがおかしい。何だろう。でもこの違和感を調べている暇はない。

「レオノール……だと?」マシアスの声が震えている。

「ふざけるな~!」

 その時、マシアス自治領を上空から見ている者がいれば、巨大な芋虫のようなものが街を破壊している姿を確認できたであろう。


 残り時間 〇


 マシアスが現れてからわずか三十分、反乱は鎮圧された。


つづく

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