第四話 古の国でのカウントダウン 残り二十分
残りニ十分
激しい雨が容赦なく、地面を転がるゴーゴリの頭部に、降り注いだ。
笑顔のまま転がるその顔は、この結果に、満足そうにも見えた。
「ゴーゴリさん!」
サニエの悲痛な声。
「別れ、別れ、別れ、別れ――」
雨の音に混じってフードの男たちが叫んでいる。
僕は呆然とゴーゴリの亡骸を見つめた。
救えなかった。僕が目の前にいて助けられなかった。どうすることも出来なかった。
僕はこれから先、決して死者を出さないようにとがんばってきた。能力を上げたことにより、何とかなるとうぬぼれていた。厳しい訓練に耐えぬき、救世主きどりになっていた。しかし、それ以上に厳しい現実に、打ちのめされた。
たったの一撃で、治療能力の存在性が、崩れ去った。簡単に。もろくも。あっけなく……。
「うおー!」
これ以上死人を出さないためには、僕の身体を使うしかない。僕の身を持ってマシアスの攻撃を見極めるしかない。それが、トリック・ドクターの真髄。
「やめろ!」
「ダメよ!」
ハートネットとサニエの声がした。
だけど、僕の決意は変わらない。
やつの攻撃を食らった瞬間傷を治し、さらに傷つけられても治し、そうやって根気よく持ちこたえ、何としても秘密を暴いてみせる。
駆け出そうとした僕の前に、グリニコが立ちはだかった。
「私もお前と同じ気持ちだ。不幸な人々を救い、光のある世界にしたい。地獄はもうイヤというほど眼にしてきたのだから、せめて未来だけは明るいものにしたい。そう思って能力を磨いてきた。だけどな、ノリエガ。あいつと同じ時代に生まれてきたことを呪うしかない。私たちの能力をはるかに上回った力を持つ、あいつがいるかぎり、私たちの願いは一生叶うまい」
グリニコは残った右手を横に広げた。
「だけどな、ノリエガ。あいつも人であることには違いない。生きていればあいつを倒す方法が見つかるかもしれない。君にそれを託そう。だから死ぬな。生きて、きっといつか未来を切り開いてくれ。我が師匠の能力は神の領域に近づいていた。お前なら私を、そして師匠をも超えられる。きっと、きっと明るい未来を……」
「師匠……」
僕の眼にグリニコの姿はぼやけていた。憎い雨。師匠の姿を見せない雨が憎い。
次の瞬間にはグリニコの上半身が宙に舞っていた。
「師匠~!」
「この私が逃がすと思うか? 云ったはずだ、圧倒的な恐怖を見せなければならない、と。さあ君たちも我が王国の礎となってくれたまえ!」
マシアスが声を高だかと云った。
一瞬の内に二人が命を落とした。しかも、その内の一人は実の父親だというのに、マシアスの顔色はまったく変わっていない。
この男は、パプケウィッツ以上に存在自体を許してはならない。
「黙って訊いていれば、ずいぶん余裕をかましてくれるじゃないか。今度は俺が相手だ」ハートネットが僕の隣に並んだ。「久し振りに暴れるとするか」
「ハートネット? そうかお前が千剣のハートネットか。噂には訊いている。まさかこんな形で会おうとは。一度手合わせを願いたいと思っていたんだよ」
千の剣を操ることからそう呼ばれるようになったが、僕はくわしく彼の能力を知らない。
すごいヤツがいる。どんな能力なの? いや、俺もよく知らないんだけど、彼は、山らしい。山? そう、でも、それ以上は知らない。という幼馴染とのやりとりを思い出す。
彼の放つ気から、只者ではない強さであることは気づいている。それでも、マシアスに通用するかどうかはわからない。
「勝てるのですか?」
「さあねえ、こればっかりはやってみないと何とも」
「僕も力を貸すよ」
「おいおい。さっきグリニコが云ったことを忘れたのかい? お前は逃げろ。そして、俺たちの仇を取ってくれ」
俺たちの仇?
まさか、ハートネットは――。
「サニエさん。こいつの面倒、頼んだよ」
「待て、ハートネット!」
ハートネットは駆け出した。
追いかけようとする僕をサニエが制した。
「放せ、放してくれ!」
「あなたを放せない。今は、放せないの」
大粒の雨が、さらに激しさを増した。
つづく




