第四話 古の国でのカウントダウン 残り一時間
残り一時間
ディミートラは薄暗い部屋の中で、自分の上半身が映る大きな鏡の前に立っていた。その表情は硬く、未来への希望、過去の後悔、現在の想いなど、微塵も感じられない。心が宿っていないかのような表情だった。
しばらくの間、鏡とにらみ合いがつづき、そしてひとつ、大きく息を吐いた。
彼女は鏡に右手をかざすと、何か呪文のような言葉を小さく発した。
何所の国にも属さない謎の言葉だった。ディミートラは引っかかることなく謎の言葉を流暢に発した。
すぐに鏡面が湖の水面のように波打つ。淡い青い色が彼女の顔を照らし上げる。
するとどうだろう。
鏡の中にディミートラの姿ではなく、どこか別の場所が浮かび上がった。
炎の上がる喧噪の中、男の姿がおぼろげに浮かんでいる。
彼女は知っている。
その《男》を知っている。
何故なら……。
「どうやら、このおもちゃは改造が必要なようね……」
そう云ってディミートラは妖しく笑った。
「あら、おもちゃ同士が出会っているわね。ほおう、面白い。これは直接、見に行かなくちゃ」
腕を下ろし、ふうううと鏡に向かって息を吹きかける。その刹那、大きな鏡は、音もなく砂となって彼女の足元に広がった。
おもちゃとはおそらくパプケウィッツとハートネットを指しているのだろう。
彼女が彼らとどのような関係があるのか、現時点では明らかになっていない。
ただひとつ云えることは、彼女の求めている結果は、平穏、ではないということだ。
つづく




