第一話 笑顔を忘れた街で、謎はさらに深まる その4
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「どうしたのですか? ローランドさん」
酒場でウーフの居場所を訊き、外に出てみると、ローランドが苦虫をかみつぶしたような顔で辺りを見まわしていた。
「追跡者もこの街に入ってきた。つかず離れずぴったりと……な」
「なんですって?」
「しかし、まだ行動は起こさないようだが」
「何が目的なんでしょう?」
「さあな。俺たちにネクロマンサーの行方を探させ、頃合を見て襲ってくるつもりじゃないのか?」
「そ、そんな……」
「まあ、気にするな」
僕たちは追跡者の影を警戒しながら先を急いだ。
街はシンと静まり返っていた。
人々は必要以上の会話を避け、子供たちも本来の持ち味を失っている。皆が、散在している兵士たちの顔色をうかがっていた。
「どうしてここの連中は笑顔を禁止されているのだ?」
ローランドが尋ねた。
「くわしくは僕にもわかりません……が、ここを収める女王に起因しているそうです」
街外れにくると一軒の屋敷が見えてきた。隠花植物に覆われ、おどろおどろしい雰囲気が漂ってくる。まるでお化け屋敷だ。僕は景観に負けまいと自分の心を鼓舞し、扉をノックした。
「ウーフさん、ウーフさん、いますか?」
返事はない。酒場の主人が云っていた言葉が脳裏をよぎる。
『占い師さんは最近見かけませんねえ。仕事も休業しているようですし。何かあったのかもしれませんねえ』
僕はもう一度扉を叩いた。
「ウーフさん。お願いがあってきました。どうか話だけでも聞いてください」
願いが通じたのか、ゆっくりと扉が開いた。
「すみません、今占いのほうは休業しております」
中から顔を出したのは、黒髪の美しい女性だった。しかし、その表情には不安の色が濃く刻み込まれていた。
●
「私はエリシャといいます。ここでウーフさんの手伝いをしております」
エリシャと名乗った女性は僕たちに紅茶を差し出した。
「僕たちは訳あってウーフさんに占いで見てもらいたいことがあり、ここへ伺いました。失礼ですが、何故、占いは休業しているのでしょうか」
エリシャは顔を曇らせた。僕は返事を待つあいだに紅茶を一口啜った。しかし、ローランドとレオノールはそれを口にはしない。
「二ヶ月前、ここに女王が現れました」
おもむろにエリシャが口を開いた。僕はカップを置いた。
「女王は自分を占って欲しいとウーフさんに依頼しました。最初は彼も渋っていましたが、命令には逆らえません。それで仕方なく、女王を占いました」
ローランドは腕を組んでじっと訊いている。
レオノールは……あいかわらずの無表情だ。
「ウーフさんは云いました。女王様の栄光は間もなく終わりを告げます。あなたの唯一愛する人、唯一恐れている人が光を閉ざします。だけど、女王様は笑っておられます、この上ない笑顔で――。占いを訊き終えると女王は激怒しました。兵を呼び、ウーフを牢獄に閉じ込めろ、と……」
エリシャの頬にこらえていた涙が伝った。
「それが二ヶ月前ですか」
「彼を助け出したい……」
彼女は怒りのために拳を握り締めた。
「ハハハハ」
それまで黙っていたローランドが声を出して笑った。突然の出来事にエリシャは眼を丸くした。
「不謹慎ですよ、ローランドさん!」
「これが笑わずにいられるか?」
ローランドは立ちあがった。
「エリシャさんとやら、お前はウーフの身を案じているようだが何をした? 彼のために何をした? ただ待っているだけだろう。女王にかなう力がないのならつければいい。その努力をすればいいじゃないか。二ヶ月もあれば、剣の一つや二つは振れるようになったはずだ。俺から云わせてもらうと負け犬の遠吠えにしか聞こえない。これが笑わずにいられるか?」
ついにエリシャは声を出して泣き出した。
「ローランドさん!」
僕はテーブルを叩いて立ちあがった。
「エリシャさんは女性なんです。力を手に入れるのは、そんなに簡単なことではありません。いいすぎですよ」
一瞬、レオノールに殺気がともったが、ローランドが彼女の肩に手をふれるとそれは消えた。
「ノリエガさん、いいんです。ローランドさんの云うとおりなのですから」
「だけど……」
ローランドは何も云わず、入り口のほうへと歩き出した。
「エリシャさんとやら、あんたは運がいい」
『え?』
僕とエリシャの頓狂な声が重なった。
「行くぞ」
振り向いたローランドの口元に、微笑が浮かんでいた。
つづく