第四話 古の国でのカウントダウン 残り一時間五十分
残り一時間五十分
町はまるで、体内から排除するかのように炎の渦を吐き出していた。赤い柱はゴオゴオと雄たけびを上げて勢いづいている。
町の人々は火を消すために走り回っていた。その状況は作戦通り。しかし、討ち合わせていた時間がずれている。
「これは、どういうことじゃ……」
ゴーゴリは赤黒い炎を見上げながら呟いた。
答えられるはずもない。何故なら、僕もこのような状況を想定していなかったのだがら。
作戦が漏れる可能性を考えていなかった僕らのミスだ。
呆然と立ち尽くしている僕たちの元へ、若者が一人駆け寄ってきた。
「いったいどうなっているんですか? 作戦決行までまだ時間があるはずじゃ……」
若者は反乱軍の一員のようだ。
「わしにもわからん。このまま作戦を実行する。みんなにもそう伝えろ!」
ゴーゴリは立ち去っていく若者を見送ると、険しい表情になって僕たちに指示をした。
「わしはリーダーのところへ行ってみる。あなた方二人はここで待っていてくれ。わしが真相を確かめてくる。それと、この騒ぎで茶色のフードをかぶった男たちが現れるはずじゃ。決して、やつらに手を出してはならない。わかったな」
そう云うと、ゴーゴリは人ごみを掻き分け、路地裏へと駆けて行った。
茶色いフードの男たち……。
「何か……嫌な予感がするな」
僕はハートネットの呟きにうなずいた。
辺りを見渡すと何人かのフードをかぶった男たちがちらほらと見える。ゴーゴリが云った者たちだろう。
三階建ての屋上、人ごみの中、彼らのいる空間だけ時間が止まっているかのように静かだ。
ぼんやりとした輪郭を持って、しかし確かにそこに存在している。
ただ者ではない。遠くから眺めているだけで、警戒をよぶ警報が心に鳴り響く。
彼らは誰かを探しているように見えた。おそらく放火の犯人。
やつらは、噂に聞く亡霊騎士団だろう。マシアス直属の騎士団で、一度狙われたら最後、生き残った者はいないという。僕らの敵はマシアスとその騎士団。僕は彼らの容姿を、動きを、能力を、決して見逃さないようにと観察した。
そうしなければ、簡単に僕らはつぶされる。それほど、恐ろしい相手を敵にまわしているのだ。
やがて町の人々による消火活動が始まった。
火は最初に見たころより広がっている。鎮火するのはかなりの時間が必要だろう。しかし、町の人々は負けじと井戸から汲んだ水をリレー形式で運んでいる。それでも火の勢いの方が早い。
僕は手を貸してやりたい気持ちを抑えた。
ここでも無力感をおぼえたが、道を誤るわけにはいかない。
ふと、フードの男たちがある一点を凝視していることに気づいた。
彼らの視線を追っていく。しかし、人ごみが邪魔で誰を見ているのかわからない。
必死でその人物を見出そうと眼を凝らしていると、ハートネットが声を殺して呟いた。
「あいつは……何だ?」
ハートネットとフードの男たちの視線が交差する場所を見ると、僕の心臓が早鐘を打つように加速した。
その場所は禍禍しく空気が淀んでいた。
その中心に一人の男が立っている。
そのとき僕は呼吸を忘れた。
その姿を見た僕は、一人の男の名を口にしていた。
「暗黒騎士、パプケウィッツ!」
つづく




