第四話 古の国でのカウントダウン 残り二時間
残りニ時間
僕はグリニコ師匠に云われるまま昼の間を寝て過ごした。と云うより、特訓のせいで寝ずにはいられなかった、といったほうが正しい。それこそ、死んだように眠った。
ようやく眼を覚ますと太陽の光は西へ大きく傾いていた。ガンガンと鐘がなる脳を活動させるためにドウェイン水を一杯飲み干す。マグネシウムとカルシウムが多く含まれ、また、人体に無害なバクテリアが、水を常温に置いていても数時間は冷たく保つ。大人気の水だ。
作戦の決行は今夜。
陽動部隊が四か所でいっせいに狼煙を上げる手はずになっている。
マシアスの軍勢を分散させるためだ。
僕は鉛のように重い身体にむちを討ち、腰を上げて隣のベッドを見た。
ハートネットが寝息をたてている。
昨夜ひょっこり帰ってきた彼は、作戦の概要を訊くと、何処へ行っていたかも告げずにそのまま寝てしまったのだ。
そういえば、彼の旅の目的を訊いていなかったな、と僕は思い出した。
今回の騒動が収まったらゆっくり訊いてみよう、そして可能なかぎり手を貸してあげよう、そう思った。
ベッドから降りると、身体の節々が悲鳴を上げた。
死をかけた特訓だ、無理もない。
一歩間違えれば命を失っていたのだ、この程度ですんで幸運なほうだと僕はほっとした。
特訓は想像を絶するものだった。
仕掛けの施された部屋で、自分の身体を傷つけ、それをひたすら治す。それの繰り返しだった。
ただ、仕掛けの種類は様々だ。
火炎に刀剣、毒物に殴打、それぞれの傷に対応した治療が必要だった。
瞬時にして傷口の状態を判断し、適した処置を施す。
暗闇の中、休む間もなく攻撃は繰り返される。一つの判断ミスが死につながるのだ。しかし、それに耐えぬき、僕は真の能力を手に入れることが出来た。
部屋を出て階下へ降りるとゴーゴリが一人、テーブルに腰掛けていた。
建物の入り口側は店のスペースになっているが、今日は休業しているため薄暗い。
ゴーゴリは焼けて黒ずんでいる写真を見ていたが、僕に気づくとそれをそっと隠した。
「やあ、起きましたか、ノリエガさん」
「はい、おかげさまでゆっくりと休むことが出来ました」
ゴーゴリは立ちあがると台所へと向かい、お茶を出してくれた。
「わしたちに手を貸すことを後悔してはおらんか? ただでは済まんかもしれんのじゃぞ」
僕はゴーゴリの向かいに腰を下ろすと、しっかりとした口調で答えた。
「僕は旅を続けるうちに、困っている人々がこんなにもたくさんいることに驚きました。大戦も終わり、みんながそれぞれやりたいことに向かって歩んでいると思っていたのです。だけど、それは大きな間違いで、大戦は、まだ続いているのだと思い知らされました。僕はネクロマンサーを探し出し、苦しんでいる故郷の人々を救ってやるという思いで、今回の任務に参加したのですが、それだけでいいのだろうか。自分の知人だけを助ければそれでいいのか。自問自答した結果、それは大きな間違いだと気づきました。僕の手で救えるもの、僕の手を必要とするものがいれば、出来るだけ手伝わなくてはならないのではないのか――。それが僕の望んでいたことではないのか、だからこの能力を手に入れたのではないのか、と思い至ったのです。ですので、参加することは必然的なことなのです。あなた方が僕の手を必要としてくれた。ならば応えるだけ。後悔なんてするわけがありません」
ゴーゴリがやさしく微笑みかけた。
「おぬしは若いころのローランドそっくりじゃな。あやつがおぬしに惚れるのも無理はない」
「でも、ローランドさんはあなたたちを見捨てたじゃないですか」
僕はローランドの名前が出て、少しムッとした。
「見捨てた? それは違うな。人生には正解なんてない、ましてや間違いもな。正義や悪、それすらもあやふやなもんじゃよ。人にはそれぞれの道がある。自分にとっては正しいと信じた道がな。他人にそれをとやかく云う筋合いはない。いや、云ってはいけないのじゃ。ローランドにはローランドの信じる道がある。それを否定することは出来ない。わしらから見ると見捨てたと、彼の行動はそう取れるかもしれないが……な」
「しかし……」
「だが、自分の道に立ちふさがるものを、迂回する必要はない。時には排除することも必要じゃ。人生とは、むずかしいものじゃなあ」
ゴーゴリは再び写真を見つめた。
チラリとしか見えなかったが、そこにはゴーゴリの若い姿と、一人の少年がにこやかに立っていた。
何か思いつめたふうなゴーゴリに言葉をかけようとしたそのとき、突然外から叫び声があがった。
何と云っていたか聴き取れなかったが、何かしらの危機感が伝わってきた。
何事だ、と僕とゴーゴリは立ちあがった。
「ノリエガ!」二階から血相を変えたハートネットが駆け下りてきた。「外で……火の手が上がっている」
「何だって!」
狼煙が上がるには、早すぎる。
異変に、僕はもっと警戒しなければならなかった。
使命感が、冷静さと慎重さを妨害していた。
そのため、のちに後悔することになる。
つづく




