第四話 古の国でのカウントダウン 残り二十一時間
残り二十一時間
茶色のフードを頭からかぶった男は、右手を胸に持ってきたまま頭を下げると、空気に溶けるようにしてそのまま姿を消した。
その消えた空間を、空虚な瞳で見つめている男がいた。
男はセピア色の毛皮に覆われた玉座に深々と腰をおちつけたまま、左目尻にある傷をそっとなでた。そのあと、誰もいない虚空に向かって云った。
「そんなところで何をしているのですかな? ソレン殿」
「いやあ、お手洗いを探していたらこんなところに出てしまって。それにしても、面倒なことになってきましたな、マシアス陛下」
ソレンは綺麗に磨かれた柱の影から姿を現した。
「ふん、戯言を」
マシアスの眼は冷たい光を放っていた。
それに気づいていながら、ソレンは気をそらした。
「その黒い騎士、というやつはかなりの手だれだそうで。反乱軍の相手をしなくてはならないこの時期に、やっかいなことが舞いこんでしまいましたな」
マシアスは髪をかきあげると口元に微笑を浮かべた。
「やっかいごとだと、少しも思っていないが……な」
おやおや、といわんばかりの笑顔を見せるソレン。
「足元をすくわれますよ?」
「ところで、ソレン殿は、黒騎士のことを知っておいでですかな? どうもそのような口ぶりだ」
マシアスの探るような微笑がさらにあやしさを増した。
「知っていたら情報を与えていますよ。私たちはニール王のもとに集う仲間ですから」
ソレンはマシアスに負けないほどの微笑を浮かべてみせた。
しばらくの沈黙。お互いに心の中を探るような大気の流れが室内を満たす。
少しでもバランスが狂うと、それは殺意に変化しそうだった。
「まあいい」切り出したのはマシアスだった。「どちらにしろ、反乱軍と黒騎士など、私ひとりでも問題はない」
その直後、黒騎士が放った禍々しい気に負けるとも劣らない、殺意がマシアスから発散された。
ソレンは知っている。ソレンは体験している。
マシアスの恐ろしさを……。
戦闘力だけにおいては、マシアスは、この世界で他の追随を許さないだろう。
ニール王、ストックエイジ、そして、自分でも楽には勝てない。下手をすると返りうちにあう可能性だってある。
それほど、マシアスの戦闘力は強大だ。
しかしソレンは思う。
これで、俺の退屈は解消される。早く見せてくれ。命と信念をかけた殺し合いを。死の讃美歌を。
ソレンは笑い声、笑顔をこらえるので必死だった。
つづく




