第四話 古の国でのカウントダウン 残り二十五時間
残り二十五時間
サニエの後ろを付いて行きながら、僕はいいしれぬ不安にかられた。
細い地下通路はたよりない松明の灯かりに照らされ、この先にただならぬ未来が待っていると予感させる。
その明かりだけではない。言い知れぬ圧力というか気圧の変化が著しく違うのだ。僕だけではないだろう。
ここを通るものはみな平等に、不安にかられるだろう。
通路の外壁は岩が削られ人の手でつくられたとわかるものと、自然に出来たものとで混じり合っていた。自然の部分は、岩質から遠い過去のものであるらしく、人々の強い念がこもっているのか呼吸が苦しくなるような圧迫感があった。
ただ、ハートネットだけはこの雰囲気にも平然としているようだった。
「おい、あの子知り合いか? あとで紹介してくれよ」
などと軽口をたたくほどだ。
右へ左へと地下迷宮をすすむ。
「どこへ向かおうとしているのですか、サニエさん」
という僕の問いは見事にしかとされた。
その代わりに、「先ほどは失礼したわね。作戦前でみな気が立っているの。許してちょうだい」
居酒屋に集まっていた者たちはどうやらサニエの仲間だったらしい。
「ところで、ローランドさんたちといっしょじゃないの?」と、尋ねてきた。
「彼らとは別れました。今は別行動を取っています」
「え? そう……」
そう、のあとに続く言葉はいつまでたっても帰ってこなかった。ただ、どこかがっかりしたような響きがあった。
迷宮に入って数十分が過ぎただろうか、やがて大きく開けた空間に出た。
そこは外壁に何本もの松明がかけられていたため、しばらく眼がくらんだ。
明るさになれてくると、空間の中央に大きなテーブルが置かれていて、奥に一人の男性が腰をおろしていた。そして、ボクは彼の顔に見覚えがあった。
男は僕たちを見据えながら地の底から響いてくるような低い声で云った。
「久しぶりだな、ノリエガ。元気そうでなによりだ」
「あ、あなたはグリニコさん? やっぱりグリニコさんだ。どうしてこんなところに!」
ハートネットが、誰だ? というふうに僕の顔を見た。
「彼は、僕の師匠です」
グリニコは皺の多くなった眼を細めてにこりとして見せた。そして真顔に戻ると視線をサニエにうつしてコクリとうなずく。
サニエもうなずき返す。
「あなたたちをここに呼んだのは他でもありません。私たちはマシアスの統治に異を唱える反乱軍です。彼の統治は恐怖によるものです。年々ひどくなる増税や恐怖統治によって、辺境の村は滅んでいます。これを止めるにはマシアスを討つしかありません。これ以上私の国同様、滅んでいくのは見たくないのです。私たち反乱軍の総勢は三百人。それに対してマシアス軍は三万。圧倒的に不利な状況です。そこであなたたちの能力を見こんでお願いがあります。どうか私たちに力を貸してください」
サニエはふかぶかと頭を下げた。
僕とハートネットはお互いに顔を見合わせた。
「もちろん、ただで、とは云いません。報酬は――」
サニエが顔を上げた。
「ネクロマンサー・ラースの居場所、というのはどうでしょう」
僕は衝撃を受けた。
先の洞窟のやりとりで、サニエがラースの居場所を知っているようなことを匂わせたが、まさか本当に知っているとは。
腑に落ちないのは、何故居場所を知っていながら放置しているのか。ネクロマンサーの能力を何故見過ごしているのか。何か理由があるとするならばそれがどういったことなのか、わからないことばかりだ。
「あんたの言葉を信じろというのか? ラースの行方はニール軍の力を持ってしても掴めずじまいだった。それをたった一人の女が知っているというのかい? それを信じろというのはかなり無理があると思うが」
ハートネットの云うとおりだ。彼女の言葉には信憑性がない。
「私の、この血と名誉に賭けて、真実だと誓います」
サニエはダークブラウンの髪を松明に輝かせ、しっかりと前を見据えた。
「私、サニエ・フォルケの名にかけて!」
「フォルケだと!」
「そうだ」
今まで黙って見ていたグリニコが口を開いた。
「彼女は元古代王国フォルケの第一王女。先の大戦で生き残った唯一の王位継承者だ」
僕とハートネットはサニエの顔をまじまじと見つめた。
つづく




