第一話 笑顔を忘れた街で、謎はさらに深まる その3
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男の名前はローランドといった。ネクロマンサー捜索の目的は語らなかった。
女の名前はレオノールといった。彼女は言葉を話せないという。
後天的なもので原因を問いただしても答えてもらえず、何故ローランドと共に行動しているのか、二人がどういう関係なのかは伏せられた。初対面でイロイロ話すわけもない。僕も旅の目的は語らなかったのでお互い様だ。あれこれ詮索するのはナンセンスだ。行動を共にすれば、おのずと知ることになるだろう。僕たちは街道沿いを五時間ほど歩いた。さすがに首都近郊というだけあって、危険な獣などに出くわすこともなかった。そのため、もっぱらの敵は太陽だった。
夏の到来を告げるような日差しが、容赦なく照りつける。時間をおうごとに体力をけずられ、背中に流れた汗が衣服をはりつかせて気持ちがわるい。
ローランドのほうは少し疲れが見えてきているが、レオノールは平然としている。出発前と微塵も変わっていない。これはたまらない、と僕は疲れを紛らわせるように口を開いた。なにせ、ローランドは無口なのだ。沈黙の行程は疲れを倍増させる。
「ローランドさん。僕には宮廷魔術師ローベックの説明を訊いて、一つ腑に落ちないことがあるのですが」
彼は言葉の代わりに顔をこちらに向けた。それを続けろ、と解釈して僕は続けた。
「彼はネクロマンサーを見つけた者に褒美を取らせると云いました。任務を受けるために集まったのは三百人ほどだと思います。これほどの人数が集まったとなると、ネクロマンサーを何人かが同時に見つける可能性があると思うんです。でも、ローベックは、見つけた者、と云いましたよね? これって……」
ローランドは口元に微笑を浮かべた。
「お前は思っていたより利口そうだな。ただ優しいだけなのか、好奇心が強いだけなのか、と思っていたがそうではないようだ」
ローランドの微笑が消え、真剣な表情に変わった。
「お前の予想どおりだよ。今回の任務に手段は選ぶな、と云っていた。褒美をやるのは一人。おのずと真意は見えてくるはずだ」
僕は生唾をのんだ。ローランドは淡々と話しを続けた。
「えげつない任務だ。邪魔者は消してもいい、褒美がもらえるのはたったの一人、どんなことがあろうとも任務を遂行しろ。これは、二百九十九人の命を奪わなければならない殺戮の任務だ」
不思議とローランドの口調から怒りは感じられない。それよりも……。
「しかし、このことに気づいたのは俺たちだけじゃない」
「え?」
「街を出てからずっと、誰かが俺たちを尾行している」
僕は背後をふり返った。不審者はいない。ときおりふく風が、脇の雑草をざわつかせるだけで、人のいる気配は感じられない。
「気にするな。やつから殺気は出ていない」
そう云われても……。
「やつが仕掛けるときは、レオノールが黙っちゃいないさ」
レオノールが?
前方を行くレオノールがちらりと僕たちを見た。しかし、相変わらずその視線には何の感情も浮かんではいなかった。
それから三十分ほど歩きつづけると目的地が見えてきた。
追跡者と熱さのせいでへとへとになっていた僕は、しばらく立ち止まり、息を落ち着かせてから、街を指差した。
「あそこに占い師ウーフがいます。彼に会えばネクロマンサーの行方について何か情報が得られるかもしれません」
潮を含んだ風が、横から僕たちをなでる。ゴウゴウと叩きつけ、街の高い外壁とともに僕たちの進入を拒んでいるかのようだった。
「ローランドさん、レオノールさん、街に入る前に一つだけ注意事項があります。ここの城主の絶対命令があるのですが……」
「ほう。どんな?」
僕は街を見据えたまま答えた。
「中では絶対に笑ってはいけません。笑顔を兵士たちに見られたら投獄されます。捕まってしまったら、釈放は期待しないでください。この街は別名……笑顔を忘れた街、と云われています」
風が、さらに強さを増した。
つづく