第四話 古の国でのカウントダウン 残り二十五時間三十分
すみません。パソコンが故障していてやっと復活しました。本当に、お待たせしました。
残り二十五時間三十分
禍禍しいオーラに商人たちは客を呼び寄せるのを一時わすれてしまった。
それは商人たちにとどまらず旅人も同様、歩を止めた。
皆の視線は一人の騎士に集中している。
騎士は全身を漆黒の鎧に身を包み、素肌が露出している個所が見当たらない。
普通はそうであっても眼だけは隠せないものなのだが、この騎士の場合は違った。
騎士の両眼は赤く光り、それが真実の眼なのか、兜の放つものなのか判断はつかない。
騎士は皆の視線を気にするようすもなく、中央通りを悠々と歩いていた。
歩はまっすぐ城へ向かっている。
騎士が城までの距離の半分ほど来たとき、彼の前に一人の男が立ちふさがった。
その男は茶色いフードをすっぽりとかぶっている。顔は陰になっていて見えない。彼はとても謙虚に、だが、拒絶するのを許さないかのような命令的な声で尋ねた。
「とまってください。失礼ですが、あなた様のお名前は?」
漆黒の騎士は低いが、それでいて子供のような軽い声で答えた。
「本当に失礼なヤツだな。いきなり出てきてどういうつもりだい」
「申し訳ありません。それと、この町に来た理由を訊かせてもらえないでしょうか」
漆黒の騎士はケタケタと笑った。それはまるで黒い色の白骨体のようだった。
「まあいいや、ボクの名前はパプケウィッツ。ちょっとここの王様にようがあってね」
「それはどういったご用でしょうか」
「何故、お前に云わなきゃならない?」
「返答しだいでは、お帰り願うからです」
フードの男はきわめて平静だった。
パプケウィッツは頭を斜めに傾げ、両の眼がさらに赤く光を放った。
「へえ――どうやって追い返すの?」
「それを、云わなきゃならないのですか?」
二人の間に緊張が走った、が、それを壊したのはパプケウィッツだった。
「冗談だよ、冗談。そう怒らないでくれよ」
「冗談には、聞こえませんでしたが」
二人のやりとりを何事かと、やじうまが集まってきた。皆ひそひそと囁きあっている。
「僕はただ、王様に兵隊を貸してもらおうと思って来ただけだよ」
「兵隊を、ですと?」
「そう、兵隊全部を……ね。それで人を探してほしいんだよ」
パプケウィッツはきわめて明るく云った。
「あなた様が何を云っているのか、私には理解できませんが」
フードの男に殺気が混じり出した。
パプケウィッツはそれをそらすように後ろを向いた。
「冗談だよ――」
「おひきとりください」
「じょうだん……なわけないだろ!」
パプケウィッツは振り向きざまに黒い霧を放った。
糸状の霧はまっすぐにフードの男に向かって飛んでいく。それが男に振れる瞬間、彼の身体は霞むようにして消えてしまった。
そして、どこからともなくフードの男の声が響きわたった。
「あなたの行動は宣戦布告として受け取ります。もうこの町から逃げ出すことも出来ません。もしも仮に出られたとしても、地の果てまで追いかけます。それでは再びあいまみえるまで、しばしのお別れです」
パプケウィッツは辺りを見まわしたが、男の姿は発見できなかった。
「おもしろくなってきたじゃないか。次から次へとおいしそうな人たちが出てくる。メインの前に、前菜でも頂くとするかな」
パプケウィッツはそう云うと、自分を取り巻いているやじうまたちを見回した。
パプケウィッツの身体がプルプルと震え出す。
急に濃くなった嫌な空気に、さすがの人々も危険を感じて、一人、また一人とその場を逃げ出した。
「さああああ、僕を満たしておくれ」
パプケウィッツは両手を広げた。
その時だった。右手にある薄暗い路地裏から声が響いた。透きとおった綺麗な声だ。
「おやめなさい!」
パプケウィッツは両手を下ろすと声のしたほうを見やった。
「お久しぶりね、パプケウィッツ」
薄暗い通路の奥に黒いドレスに黒髪といういでたちの女が立っていた。
彼女の肌は雪のように白いため、空間にぼんやりと顔だけが浮かんでいるようにも見える。
「ほう。こんなところでディミートラさんに会えるとは思ってもいませんでしたよ」
美しく、亡霊のような顔がゆっくりとパプケウィッツに近づいて来た。
「調子のほうはどう?」
「おかげさまで、すばらしい人生を歩んでいますよ」
「それはよかった」
ディミートラと呼ばれた女は妖艶な笑みを浮かべた。
歳は二十代前半だと思われるが、落ち着いた雰囲気、それになにより、彼女の放つ禍禍しい美貌が歳をあやふやなものにしている。
「それにしてもディミートラさん……何故、止めたの?」
パプケウィッツから黒い殺気が放たれた。
ディミートラはそれを甘い息で吹き消すかのようにかわした。
「怒らないでパプケウィッツ。あなたの楽しみを奪うつもりはないわ。むしろ、その逆」
「どういう意味だい、それ」
「あなたの探している者たちを知っているわ。そして、彼らが今、何処にいるのかも」
ディミートラは妖しく微笑んだ。
つづく




