第四話 古の国でのカウントダウン 残り二十七時間
第四話 古の国でのカウントダウン
残り二十七時間
マシアス自治領。元古代王国フォルケは過去の遺跡を修復させその周辺に発展した巨大な国だ。
いたるところに手付かずの遺跡が残り、観光地としても人気があった。
巨大な王国にしては治安がよく、マシアスの手腕が大きく評価されている。しかし、一説によると、彼の暗殺部隊が影で暗躍しているとも云われている。
マシアスの暗殺部隊は神出鬼没で、遠く離れた場所にいる犯罪者も一瞬にして殺害されるという。そのため、暗殺部隊は亡霊騎士団とも呼ばれている。
ニール国の近衛騎士隊、マシアス自治領の亡霊騎士団、この二つがあるかぎりニール王の時代は安泰だろう、と人々は噂している。
奇妙な出会いを経て旅をともにしているハートネットが、前を行く僕を呼びとめた。
「ノリエガ。あのローランドという男は、ネクロマンサーなんじゃないのか? あのとき突然現れて、そしていつのまにか姿を消した少年。あれってローランドがやったんじゃないのか」
僕は足を止めて振りかえった。
何と答えるか、僕は思案した。
「いいえ、違いますよ。彼は一種の幻覚を操れるだけです。ネクロマンサーのはずはありません」
「ふーん。ま、そうだよな。伝説の能力だ、それが二人も三人もいるわけないよな」
僕は嘘をついたことに少し心が痛んだ。
やがて威風堂々とした景観の巨大な城下町が見えてきた。
にぎやかな町の中央に巨大な城がうかがえる。白い城壁はわずかな汚れもなく圧倒的な威厳を示している。
世界最大の町といわれるだけあって物凄い数の人が行き来していた。
情報を得るにはやはり酒場だということで僕たちは探した。
いたるところに店が並んでいるため、酒場ひとつ探すのもひと苦労だった。
「埒が明かないな。とりあえず誰かに訊くほうが早いかもしれない」
ハートネットは手近にあったみやげ物屋に行くと、手ごろな食料を買い、そのついでに酒場の場所を尋ねた。
ハートネットの持つ大量の金貨を見て、レオノールの踊りを見世物にしてお金を稼いだことを思い出した。ローランドたちは今ごろどうしているだろう。おそらく彼らもここへ来る。
もうこの町に着いただろうか。
僕がボウッとしていると、ハートネットが情報を手にして返ってきた。
「酒場の数は三十以上もあるらしい。ここから一番近いのはどこか、と聞いたら、どうもそこはおすすめ出来ないそうだ」
「すすめられない?」
「ああ。その店に来る客層がきな臭いらしいんだ。身の安全は保障出来ない。どうする?」
断る理由がない。そういう連中のほうが、いろいろと情報を持っているものだ。
いくつかの店をすり抜け、路地裏に入ると地下へと続く階段が見えてきた。その上で、二人の男が灰色のフードを頭からすっぽりかぶり、タバコをふかしている。
漂う香りから、タバコはエルショフの葉だとわかる。これは軽い幻覚作用をともない、裏社会で人気があるときく。
じっと僕らを見つめる男たちのそばを横切る。男のひとりがちらりと顔を上げるが、何かをするでもなくまたすぐにうつむいた。僕たちはそのまま階段を降りる。
ガラス製のランプが上部に取り付けられた扉が一つ、眼前に立ちふさがった。
扉にはピョートル亭と書かれたプレートがさがっている。
僕はいささか緊張してきた。じっとりと掌に汗が滲んでいる。
ちらりとハートネットの顔を見るが、彼はヒョウヒョウとしていて緊張感のかけらも見当たらない。
ハートネットが扉を押した。プレートがカタカタと乾いた音を立てる。
薄暗い店内にはいくつかの丸テーブルが設置されていて、それを囲むようにして十数人の客がいた。ハートネットの云ったとおり、みなスネに傷があるような感じだ。
僕たちの侵入を拒むかのように客たちの視線が集中する。客は全員四十を超えているであろう中年男性だけで、女性の姿はない。するどい眼光を放っている。
追いかけてくる視線を無視して、僕たちは奥にあるカウンターへ向かった。
腕を組んで睨みつけている主人にハートネットが声をかけた。
「俺たちはネクロマンサーの捜索をしているんだが、何か情報を知らないか?」
主人のきれいに禿げあがった頭が、眼光と同じくらい光っている。
「知らねえな」
「わかったよ。じゃあ、ラッシュ・ケインをニ杯くれないか」
「おい、あんちゃん。いくら金をつまれても知らねえもんは知らねえ。わかったらさっさと出ていきな」
「なら、情報を持っていそうな人を知らないかな?」
「くどいぞ、あんちゃん」
主人の顔が赤くなってきた。
「誰でもいいんだが」
「知らねえって云ってるだろうが!」
ハートネットは不適な笑みをもらした。
「そう必死に拒否されると、逆に怪しく思うんだが。違う訊き方をしたほうがいいのかな?」
そう云ってハートネットは剣の柄に手を置いた。
「ちょ――ハートネット」
その瞬間、回りにいた客たちが立ちあがった。
こいつら皆グルだ。ハートネットも気づいたに違いない。
一触即発のさなか、入り口の扉がカタカタと音を立てて開かれた。
今度は僕たちの視線も扉へ注がれる。
中へ入って来たのは一人の女性だった。
彼女はこの状況を見て眉をしかめている。
この女性は……。
「ま、まさか――」
僕の呟きに彼女が気づいた。
「あら、あなたは」
「サニエさん!」
室内の視線が僕に集中した。
つづく




