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第三話 奇病 その8

    8


 薄れ行く意識の中、スタークの焦点の合わなくなった眼に黒ずくめの女が映っていた。

 女はケビンの元へ寄ると首をさわった。脈をとっているように見える。

 しばらくのち、女はスタークの元へ近づいた。

 ケビンと同じく首をさわってくる。

「ほう。さっきのと違って、すばらしい生命力ね」

 そう云ってスタークの身体を起こす。

「憎いかい? お前の人生を狂わせた世の中が憎いかい? 私が復讐の機会を与えよう。優しい両親を殺した世界、愛する弟を死に追いやった情勢に否を唱えるチャンスを与えてやろう」

 女は小瓶を取り出した。

 中には黄色い液体が入っている。

「さあ、お飲み。お前に勇気と強い心があるのなら」

 スタークは水にぬれた紙のようにもろい意識をしっかりさせ、麻痺している口を必死に、開けた。


     ●


 少年の姿はすでになく、辺りを支配していた緑色の粒子も跡形もなく消え去っていた。

 おとずれた静寂を僕が打ち破った。

「殺すことはなかったじゃないですか!」

 僕はローランドに詰め寄った。

「スタークはもう心を入れ替えていた。病に倒れた人々を救ってくれたはずです。どうして殺したんですか!」

 ローランドは怒りと哀しみの入り交じった瞳で僕を見据えた。その眼から彼の心を読み取ることは出来ない。しかし、どんな考えがあるにしても、今回ばかりは許すことは出来ない。

「何十人、何百人と病に苦しんでいる人がいるんです。あなたはその人々の希望を無下にしたのですよ」

「ノリエガ……」

 ハートネットが僕を止めようとした。

 しかし、それを振り払うように続けた。

「あなたは助けられる人たちを見殺しにしたんだ」

「ふざけるな!」

 ローランドが僕のむなぐらを掴んだ。

 感情の起伏の少ない彼らしくない行動だ。

 僕は一瞬眼をまるくしたが、すぐにねめつけた。

「お前は救世主になったつもりか。行く先々で苦しんでいる人々を助けて回るつもりか。お前の目的は何だ? 愛する者を助けてやるんじゃないのか。目的を見誤るな。すべての者を救うなんて虫のいいことが叶うと思っているのか」

 ローランドが手を離した。

「だからって、眼の前の救える命を見捨てることは出来ません」

 彼の云うことも一理ある。だけど……。

「すべてのことを希望し、欲を見せると、それは掌からするりとすべり落ちる。結局は何一つ残らない。それならば本当に大切なものだけを無くさないようにするしかないのだ」

 ローランドはそう云って拳を握った。

「俺はお前を旅が終わるまで守ってやる、と云った。その為にはこうするしかなかった」

 こんな哀しい表情が出来るものなのか。こんな眼をローランドが持っていたとは。

 だけど……だけど……。

「僕の命は自分で守ります。そうすれば、あなたは他の命を見ることが出来るはずです」

 そう云って僕は踵を返した。

「お、おい。どこへ行くんだ」

 ハートネットが追いかけてきた。

 噴水を横切ると、毛布をかけられたジュリアが横たわっていた。

 病気の感染を恐れた村人たちは彼女を隔離するだろう。

 スタークが死んだというのに病は進行している。とまらない。見ている間にも皮膚の中から謎の液体があふれ出ている。もう誰にも、彼女を救うことはできない。

 こういう不幸はもうたくさんだ。これからは出来るだけ人々を救っていこう。

 ジュリアの元を離れるとき、僕はそう誓った。

 ローランドの過去に何があったのかは知らない。そして、彼の生きる道を批判することは出来ない。

 それぞれのやり方、それぞれの運命があるのだ。

 村の出口にくるとアリソンが一人立っていた。

 僕とハートネットの存在に気づくと笑顔で駆け寄ってきた。

「安心してください。病に倒れた人たちは村の総力をあげて看病します。彼らの生きる気力、生命力を信じるしかありませんから。特に村長には出稼ぎに行っている同じ志を持った孫たちがいますから、この村、しぶといと思いますよ」

 アリソンはにっこりとして見せた。

「だから気兼ねなく旅を続けてください。そして目的を果たしたら、きっとこの村へまた寄ってください。あなた方を村の英雄として迎えます。もちろん、みんなで」

 アリソンは僕たちを交互に見やった。そして、ハートネットに視線を止めると、

「今度はあなたの誘いに乗ってもいいかも」

 と、笑いかけた。

「うおお! マジかー!」

 ハートネットは両手を上げて喜んだ。

 村を離れるとき、ローランドとレオノールの視線を背中に感じた。

 それは痛く、とても哀しいものだった。


     ●


 村の北に小高い丘があった。

 頂上ふきんに強い風にあおられた女性が立っている。

 横に流れる黒髪を片手で抑えつけて、紫色の両の瞳はまっすぐ村を捉えている。

「また、新しいおもちゃを探さなくちゃ」

 女性の口元には妖艶な笑みが浮かんでいた。


つづく

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