第三話 奇病 その3
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薄暗い寝室で、スタークは足元に倒れている両親を見下ろしながら復讐を誓った。
両親は毒を盛られたであろう。何故なら二人とも咽喉をかきむしっているからだ。
グラスが二つ転がっている。
スタークこのとき十一歳。血の涙を流していた。
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「教えて下さい。この病気を知っているのですか?」
僕はハートネットの肩を揺すった。
「お願いします。治しかたを知っているのですか?」
「落ちつけ、ノリエガ」
ハートネットはそう云って、おもむろにふりかえった。
「みんな、飲み物を飲むな!」
突然の出来事、突然の怒号に客たちは呆然としていた。
その時、中年女性が悲鳴を上げながらもがき出した。
彼女の持っていたグラスが音を立てて砕け散る。
再び惨劇が始まった。
女性が苦しそうに咽喉をかきむしると、トシャ物の入り交じった血液を吐き出した。
それが向かいにいた男性の顔にかかる。
店内がパニックになった。
客たちは我先にと出口へ殺到する。他人を押しのけるもの、邪魔者を殴るものと騒然となった。
「みんな、落ちつけ! くそ」
ハートネットは辺りを見まわし、女店員を探した。
「どうなっているのですか? これは……」
「説明はあとだ」
ハートネットはカウンター奥でしゃがみ込んでいた女店員を見つけると彼女のほうへと駆け寄った。僕もそれに続く。
「おい。村長の居場所を教えてくれ」
ハートネットは泣きじゃくっている彼女の肩を強く揺すった。
しばらくして女は顔を上げると、声も絶え絶えに答えた。
「北にある、屋根の……赤い家です」
ハートネットは力強くうなずいた。
「ノリエガ、行くぞ」
走り出す前に、彼は女店員へ振り向いた。
「飲み物を口にしなければ大丈夫だよ」
店内中央に中年女性が倒れており、入り口付近には男の腐乱体が横たわっている。その二人は力ない呼吸を繰り返している。まだ死んではいないのだ。
僕たちは顔をしかめながらそれらを乗り越える。
ハートネットはこの病を知っている。ここにきて情報が得られるのだ。
僕の村同様、惨劇を繰り返してはならない。そして、まだ無事な村人たちも救えるはずだ。
僕は大きな期待を胸に、ハートネットの背中を追いかけた。
酒場を出ると村人たちや旅人たちは散り散りに逃げ回っていた。
村人は家族のもとや自分の家に、旅人は宿へと駆けて行くのだろう。
ハートネットはその状況を確認すると血相を変えた。
「しまったな。急がないと――」
村の北へと向かうと一際おおきな家が立っていた。屋根は赤い煉瓦で出来ている。
ここだ。僕たちは確認すると扉を蹴破った。
中に入ると居間が広がっていた。
暖炉の火が室内を昼間のように灯している。
中央に天然木でつくられた大きなテーブルがあり、そのかたわらに二人の男女が立っていた。
二人は椅子の上でこうべを垂れている老人を見下ろしている。
なだれ込んできた僕たちに気づいた二人は同時に顔をあげた。
男は炎の怒りをあらわしたような赤い髪をしており、瞳には拭い去れないような哀しみの光がやどっていた。
女は黒く艶光りしている髪を肩までたらしており、老人を見下ろす瞳にはいっさいの憐れみも感じられなかった。
「お前たちがやったのか?」
二人を見たハートネットの顔に影が宿った。
あわてて僕が間に入る。
「大丈夫です、ハートネット。この人たちは僕の連れです」
一瞬何のことか把握できなかったハートネットだったが、すぐに我を取り戻すとローランドたちに謝罪した。
「そうだったのか。すまない」
「長老と話しをしていると、何の前触れもなく倒れた。見たところ病に犯されているようだが」
「わかっています」
僕は軽くこれまでの経緯をローランドたちに説明した。終わると同時に、せかせかとした態度でハートネットが言葉を発した。
「とにかく、くわしいことは後だ。こうなったからには俺たちで何とかしなければ。ローランドとレオノールはこれから宿屋へ行って、旅人を一人も村から出さないように説得してくれ。俺とノリエガはもう一度酒場へ行く」
屋敷を出ると、僕たちは駆け出した。
ハートネットの考えは酒場に着くとすぐにわかった。
「君の名前は?」
「アリソンといいます」
いくぶん落ち着きを見せた酒場の女店員は、場所こそ移動していなかったがハートネットの問いかけにしっかりと答えた。
「この病気は人災だ。旅人の中に犯人がいる。君は村人を出来るだけ集めて、誰も出ないように村を封鎖してくれ。どんな理由があろうと、外には出すな。それから飲み物を口にしないようにも云っといてくれ。わかったか?」
ハートネットは最後に念をおした。
「はい!」
アリソンは勢いよくうなずくと、腰を上げた。
「あ、ちょっと待って」
今にも駆け出そうとしているアリソンを、ハートネットが呼びとめた。
「もう一つ。君の家はどこだい?」
この後に及んでまだナンパをするなんて、と僕はあきれた。
言葉を濁しているアリソンにハートネットは耳元で何事かを囁いた。
何をやっているんだか。無駄だよ。
しかし、アリソンはハートネットに返した。彼と同じく耳元で。
僕が驚いていると、アリソンは元気よく駆け出した。もちろん、店内に横たわっている二人は見ないようにして。
「まったく、あなたって人は……」
「いいじゃないか」
ハートネットは両手を広げた。
「ところで――」
僕はハートネットの言葉に気になることがあった。どうしてもそれを確認しなければならない。
「一つ訊いてもいいですか?」
ハートネットは僕の顔を見ると、無言で促がした。
「この病は、誰かが引き起こしたことなのですか? 天災ではなく、人災……」
僕の中に怒りの神エリオットが降りてきた。
「俺はこの病気を過去にも体験しているが、あきらかに自然界のものではない」
「犯人が村にいるかもしれないのですね」
エリオットが僕の心に業火を灯す。
「そうだな」
「……許さない」
僕の中で炎がはじけた。
つづく




