第一話 笑顔を忘れた街で、謎はさらに深まる その2
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久しぶりに村に戻ると老人ひとりだけが、僕を出迎えてくれた。みんなどうしたのだろう、と不審に思っていると、次の言葉ですべて理解することができた。
「ノリエガよ、戻るのが少し遅かったようじゃ、村の半数はすでに死に絶えた」
「そんな、長老……そんなことって。バルデムは? エマは? そうだ、暴れん坊のヒューはまだケガばかりしているのですか?」
「未知の病に抗うことは不可能じゃ、わしらの力ではどうすることもできない。バルデムも、エマも、ヒューも死んだ……」
長老はつらそうな表情で続けた。
「十人ほど廃鉱に隔離しておる。その中に、カーメンもおる……」
僕は長老の言葉を聞き終わると同時に駆け出した。
貧乏ながらも活気に満ちあふれていた村は、見る影もない。子供たちが遊び、大人の女性たちが談笑をかわしていた中央道も、けっきょく誰ともすれ違わなかった。村はずれに近づくと廃鉱が見えてきた。かつてはここで銀鉱や銅鉱が取れたものだが、あいつぐ事故により手放さざるを得なかった。今でもときおり落盤が起こるらしく、誰も近づこうとしない。
入り口に到着すると、呪われた口が僕を招いていた。
僕はおくすることなく中へ入った。むん、と死臭にも似た臭気が漂ってくる。僕は鼻をかばいつつ狭い一本道を進む。
「カーメン?」
咳き込もうとするのをこらえてもう一度声を発した。
「カーメン、無事か?」
しばらくすると小さな、今にも消え入りそうな声が帰ってきた。
「ノリ……エガ……?」
か細い声は、光の届かない、入り組んだ奥のほうから聞こえてきた。
僕は周りを見まわし、使われていないランプを見つけるとそれに灯をともした。
「だめ、こないで!」
そこは広い空間だった。明かりにその光景が広がる。
正直いって、僕はうぬぼれていた。
村には医者がいないため、僕は医術を学びに旅に出た。二年という歳月はかかったものの、医療の能力を身につけた。故郷で奇病が発生したという風の噂を耳にして、僕なら治せると飛んで帰ってきたのだ。
光の先に、カーメンと他の病人たちが横たわっていた。
よりいっそう強くなった異臭に眉をしかめる。
「……」
その光景を見て僕は言葉を失った。
彼らは身体中の皮膚という皮膚から血膿を滴らせている。顔は醜く崩れかろうじて原型をとどめている程度だ。身体はグズグズに崩れかかり、それがまだ生きている人間だと、とても信じられない光景だった。
「いや、見ないで――」
カーメンは泣き出した。瞳からこぼれ落ちた涙が血と膿に混ざり、淡い色に変色する。
僕はそっとカーメンの傍らにひざまずき、首に手をやって脈を取ろうとした。いやがって身をよじろうとするカーメンを押さえる。
「無駄よ。長老が隣町から医者を呼んで来たの……でも、結局何も出来なかった。私たちは死を待つだけなのよ」
僕にも手の施しようがない。どこから侵入してきたのか、何という病なのかわからない未知なるウイルス。感染経路を見つけ、ワクチンを作らなければならないだろう。それとも、何かの呪いか? それすらもわからない。
「私は死んだの。私はいないの。だから、過去の私だけを思い出して……これは私じゃない、私じゃないのよ……」
カーメンはさらに泣き出した。
「いや、今の君もカーメンだ。昔とちっとも変わってない。戻ってきたら、君に云おうと思っていたことがあるんだ」
僕はそっとカーメンに顔を寄せた。
「僕と結婚してくれるかい?」
黄色く濁った瞳が僕をみつめ返した。
「きっと、この病気を治す方法を見つけてくる。それまで生きていてくれ。治ったら式を上げよう。村のみんなを集めて盛大に祝おう。君の大好きなシャボウの花をたくさん摘んできてあげるよ。君を心から愛している。結婚しよう」
「……うん」
僕は崩れたカーメンの唇にキスをした。
「かならず、治療法を見つけてくる」
「うん……ずっと、待ってる」
僕は断腸の思いで鉱山を出た。表には長老が心配そうな表情で立っていた。
「ダメなのですね?」
「うむ」
「どうして、これほどの罰を受けなければならないのでしょう。どうして……」
僕はその場にくずおれた。とめどなく涙があふれてくる。
奇病が発生したと聞いたときも、彼女だけは無事だと心のどこかにあった。災厄の渦中に放りこまれるとは思っていなかった。誰よりも笑顔を絶やさなかったカーメン……誰よりも優しかったカーメン……彼女だけは大丈夫だと信じていた。
「ノリエガよ」
長老を見上げると、彼は一枚の羊皮紙を差し出した。
「これは……?」
僕は立ちあがりそれを受け取る。
「ニール王からの任務要請じゃ」
涙をぬぐい、内容を確認する。
「ネクロマンサーの捜索?」
「訊いたことがあるじゃろう。死者を蘇らせることの出来るネクロマンサーの存在を」
かすかに見えてきた希望。いや、唯一の光明。
「行きます」
僕はしっかりとした眼差しで前方を見た。
「そして、かならず連れて返ります」
長老はにっこりとして皮袋を取り出した。
「みんなからの餞別じゃ」
中には金貨が数十枚入っていた。
決して裕福な村ではない。これほど集めるのは大変なことだったろう。
「感染を恐れて外には出ないが、みんな、おぬしに希望を持っておる。頼んだぞ」
ひと気のない村はしかし、今の僕には、とても明るく見えた。
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「この近くに情報屋はいるか?」
突然、黒マントの男に声をかけられ、僕は思わず飛び上がってしまった。
「どうした?」
「い……いや……少し考え事を……」
僕は男と女を交互に見た。どうやら敵意はないようだ。
「情報屋は残念ながらこの近辺にはいません。その代わりよく当たると評判の占い師なら隣街にいますが」
「そうか」
そう云って男は歩き出そうとした。
「あ、あの――」
僕は彼らを呼びとめた。
「僕も占い師の元へ行こうと思っているのでよろしかったらご案内しましょうか?」
返事はない。その代わり黒マントの男は、じっと僕の眼を見つめた。心の中を探るように何も云わず、ただ、じっと……。
「あ……やっぱり二人で行動したいですよね。すみません……余計なことを云って……」
「いや、案内してもらおうか。俺たちはこの大陸に初めて来たから詳しくないんだ」
異国の者。だから誰も知らないのか。
「そうですか。わかりました。よろしくお願いします」
「よろしく頼むよ。ところでお前の名は?」
女もこちらを向いた。
「僕の名前は、ノリエガです」
つづく