第三話 奇病 その1
第三話 奇病
1
僕たちははるか後方で上がる黒煙を不信に思いながらも、無事、港に到着した。
船上で暗黒騎士に襲われるかと懸念したが、杞憂に終わった。
港町はにぎやかな明るい雰囲気に包まれていた。東の大陸なので皆ギスギスしているのかと思ったが、そうではなく生き生きとしていて、僕はいくらか拍子抜けしてしまった。
食料などを買いこむと、港町を後にした。
「そういえば、ローランドさんたちはこの大陸の生まれですよね?」
「そうだが」
「僕は大戦いらいニ度目の上陸なのでいろいろと案内をお願いします」
ローランドは思案した。
「洞窟で会った女は東へ行けといってたな」
サニエさんのことだ。
「この大陸の中央に王都フォルケがある。まずはそこで情報収集だな」
僕は人さし指を立てて云った。
「元、古代王国です。今はニール国家第三首都、マシアス自治領ですよ」
「ふん。マシアス自治領……か」
「そうです。英雄マシアスは今も国を守るために戦っています。僕たちの大陸にも武勇伝は伝わっています。彼こそは戦の神クロウの生まれ変わりだと」
「かたや……神、か」
小さくつぶやくと、ローランドの表情がこわばった。情念のような怒りがうずまいている。気のせいなのか、それとも……。
「まあいい。しかし、これだけは云っておく。マシアスは戦の神クロウではなく、ゲイリーの生まれ変わりだ」
ゲイリー。裏切りの邪神ゲイリー?
ローランドは何故そんなことを云うのだろう。
確かにニールは世界の平和を乱した張本人だ。三大陸はお互いをけん制し合い、それでもバランスを保っていた。そこに穴を開けたのはニール。戦を仕掛けた彼に従うものと、平和を乱した怒りのために従わないものに二分化した。
しかし、それは仕方のないことだ。
力のない町や村はニールに従わざるを得なかった。圧倒的力の前に屈服せざるを得なかったのだ。
大戦前は三国間でのいざこざが絶えなかった。そのために苦労していた町も少なくなかった。その小競り合いで死人も出ていたくらいだ。いつわりの平和だという者も少なくなかった。それでも、戦争ほど、死人は出なかったのは間違いない。
現在、ニール駐屯軍による諍いは絶えないが、死人が出ることは、少なくとも大戦前よりは激減しているのだ。
だけど僕にはわからない。
大きな死者を出した大戦が正しかったのか。
それは必要な犠牲だ、という者もいる。
僕にはわからない。
「ローランドさん」
僕は静かに尋ねた。
「大戦は間違っていたのでしょうか?」
彼は眼を合わせずに答えた。
「さあな。しかし、少なくとも大戦は、人を変えた」
それ以上は何も云わなかった。
●
容赦なく僕たちをいたぶりつづけた太陽は、別れの手を差し伸べて休息に入った。
代わりに顔を出した月は、僕たちに怪しい危険を匂わせる。
東の大陸には奇怪な生物や神話めいた魔物が生息しているそうだ。
しかもそれらのほとんどは夜行性だという。
僕はローランドの様子を見て、それが真実だと悟った。
ローランドが近くに小さな村があるから、そこで宿を取ろう、夜出歩くのは好ましくないと云ったのだ。
もちろんそれに異を唱えるものはなかった。
(答えるのは僕だけだけど……)
村に着くとそこはおもしろい配置をしていた。
中央に大きな噴水があり、その中に運命の神メイジーの象が立っていた。それを囲うように道を挟んで家々が並んでいる。
噴水はどうやら井戸水であるらしく、あふれ出た水は放射状に広がる水路を流れている。
小さいが、ニール軍に加勢していたらしく保存状態は良く、恵まれた村だと僕は思った。
宿屋は入り口近くに一件だけ存在した。
僕たちはそこで部屋をふたつとった。
それぞれの部屋に分かれると、僕はおもむろにベッドへ寝転がった。
今までの疲れがどっと出た。
あの日、ニール城に集まった人々を見て、骨の折れる旅になることはわかっていた。手段を選ぶなという言葉に翻弄されることは眼に見えていた。
それが終わったわけではない。むしろこれからが本番だ。
無事にネクロマンサー・ラースを探し出せるのだろうか。
そして、生きて帰れるのだろうか。
僕は不安に胸が張り裂けそうになった。
その不安が見事的中するなんて、このときの僕には眠気のほうが強くて、まったく気づかなかった。
つづく




