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第二話 暗黒暴走 その6

    6


 水平線は別れを惜しむかのように赤紫の光を放っていた。

 まわりには肉隗が小さな丘を造っている。その数は数十個にもおよぶ。

 海からの風が充満する死臭を消し去る。

 叫喚は消え、かわりに妖しい静寂だけが残った。

「どうしてあいつを見逃すのですか? この現状を引き起こした張本人なのですよ」

 僕はローランドに食って掛かった。

「俺にもヤツが悪だということはわかる。だが、俺たちの旅は正義の鉄槌をくだすことではない」

「それは、そうですが。これをほうっておくというのですか!」

「審判をくだすのは、ニールの衛兵たちだ」

 僕はローランドの言葉が信じられなかった。本気で云っているのか。

「あなたは卑怯者だ。力を持っているのに何もしないだなんて。ただ自分のための能力なのですか? 他のみんなを助けようと思わないのですか?」

「うぬぼれるな! 力なんてものはたいしてやくにはたたない。大事なものすべてを守ろうなんてあまったれたことは考えるな。力を過信すると本当に大切なものですら守れない」

 ローランドがめずらしく感情をあらわにした.。

 彼の云うことは間違ってはいない。確かにそうだ。僕は力を手に入れた。しかし、愛する女性ひとりも守ることは出来なかった。

 だけど――。

「ローランドさんの云うことはごもっともです。確かに力の限界は知れています。でも、出来ないから行動をおこさないのと、出来る可能性があるのに何もしないのでは、後者のほうが間違っていると思います」

 暗黒騎士の姿はもう見えなかった。繁華街のほうへ消えたようだ。

 僕は腰を抜かしているクリフの手を掴んだ。

「とにかく、君は妹を探しているんだろう。さあ、行くよ」

 少年は力強くうなずいて立ちあがった。


     ●


 何だか懐かしいじゃないか、そう思わないかレオノール、というローランドのつぶやきにはしかし、彼女は何の反応も示さなかった。


     ●


「そうだったのですか……海賊。人身売買だったのですね」

 女性は顔を伏せながら答えた。

「おそらくそうでしょう」

「とにかく無事でよかった……本当に」

「ユマちゃんは気を失っていたので大丈夫ですが、クリフくんは事件を目撃して、そうとうなショックを受けています。お母さんの力で立ち直らせて下さい」

 僕はやさしく語りかけた。

「はい……はい……」

 女性の声が震えている。

 テーブルに並べられたペリノーのスープが優しい匂いを充満させ、部屋の中の陰惨とした空気をやわらげている。

 僕はすでに半分ほどをいただいたが、ローランドたちはあいかわらず手を触れていない。

 僕は残っている分を一気にほおばった。

 しゃきしゃきとした触感とほのかな甘味が口の中いっぱいに広がる。

「失ったお金を返すことは出来ませんが、この町に滞在しているあいだはこの家に泊ってください」

「いや、そんな、悪いですよ」

 僕はフォークを置くと手を振った。

「いえ、これくらいはさせてください」

「そうですか――」

 僕はちらりとローランドを見た。

 彼は腕を組んで何の反応もしめさなかったので、

「じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます」

 と、答えた。


     ●


 夜も深くなって、二階の一室の前で僕は足を止めた。

 廊下にかかっているランプが、扉の文字をうっすらと浮かびあがらせている。

 それを確認すると僕は声を発した。

「クリフくん。起きているかな?」

 しばらくして、入っていいよ、という声が返ってきた。僕はゆっくりと扉を開けた。

 部屋は真っ暗で中央に木製のベッドがあったが、その上には誰もいなかった。

 窓のカーテンが大きく開けられ、その脇に一人の少年がうずくまっている。

 僕はベッドの上に腰掛けた。

「君が責任を感じることはないよ」

 銀色の月明かりが、顔を上げた少年を優しくなでる。

 少年はもう泣いてはいなかったが、その両眼は赤く充血していた。

「でも、僕があんなヤツに頼まなければ、みんな死ぬこともなかったんだよ。あいつは妹を見たと云ったんだ。お金を持ってきたら教えてやる。助けてやるって云うから。お父さんに続いてユマまで失ったら、お母さんが可愛そうだから、だから僕は……」

 僕は少年の頭に手を置いた。

「もう過ぎたことは戻ってこない。過去を変えることは出来ない。君はこれから今日の出来事をずっと抱えることになるんだ。だけど、君は強い男じゃないか。あんな怖い人に一人で会うなんて、僕には出来ないよ。それに、君は妹を救った。過程がどうだったにせよ、君は結果を出したんだ。そうだろ?」

 少年は力なく、うなずいた。

「君ならきっと乗り越えられるよ」

 僕は腰を上げた。

 これが精一杯だ。あとは時間と家族の絆が解決してくれる。

「あ、そうだ」

 僕は扉の前までくると立ち止まり、ふりかえった。

「一つだけ君は間違ったことをしているよ」

 少年は僕を見上げている。僕はそのまま続けた。

「どんな理由にせよ、お金を盗むのはよくない」

「ごめんなさい」

 少年がそう云ったときだった。

 ローランドが勢いよく扉を開けた。

「ノリエガ。お前の願いをかなえられるかもしれないぞ」

 そう云った彼の口元がつりあがっていた。それを見た僕は、彼が敵ではなくてよかった、と何故かそう思った。


つづく

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