第二話 暗黒暴走 その3
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港町はファイルーザの街とうってかわって喧騒としていた。
客を呼ぶ商人の声。住人たちのにぎわい。旅人のあわただしい様子。こどもたちの笑い声。汐の香。因縁をつけあう荒くれ者たち。
この町は生き生きとしていた。
これが本来の町の姿だ。いや、ニール軍に忠誠を誓った町の……。
船着場へ行くと、紳士的な船員たちや見るからにたくましい船員たちが、あわただしく積荷を運んでいた。僕は悪いと思いながらも船長らしき人物をつかまえて出航時間や船賃などを尋ねまわった。
船着場から戻った僕は消沈していた。
噴水広場で待っていたローランドたちに声をかける。
「ローランドさん。じつは……」
疑問の視線を投げる彼に僕はそのまま脚色することなく伝えた。
「船賃が……足りません」
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「さあみなさんお立会い。これから異国の大地に伝わる神秘的な踊りをご覧にいれましょう。見るも華麗な舞い。魅惑的で幻想的な世界へと、みなさんをご案内致します」
盛大な拍手とともにレオノールは舞った。
彼女は大地を踏み鳴らし、上下左右に身体をひねる。きものが舞い、香りだつ。
こんなに楽しい気分になるのは久しぶりだ。
すべてを忘れ、今はただ楽しもう。
そういう感情が何処からともなく滲み出る。
それは僕だけではなく、まわりにいる観客たちも同じようだ。
みな嬉々として楽しんでいる。僕も本来の役割を忘れて陶酔している。楽しい。ただとにかく楽しいのだ。もうそれだけでいい。他にはなにもいらない。
レオノールの舞いが終わると観客の拍手で大地が震えた。そして、アンコールの声が湧き上がる。
数十分で、船賃はたまった。たまったどころか、余裕もかなりある。
「あの……ローランドさん」
ローランドの待つ広場へと戻った僕は云う。
「何だ」
そっけない態度で答えた。
「これって……いっしゅの詐欺じゃ……」
レオノールの能力を使った詐欺だ。間違いない。完璧なる詐欺だ。
「気にするな」
「そ、そうですか……」
出航時間はとうに過ぎていたため、その日は、宿を取ることにした。
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翌日、久しぶりにすがすがしい朝を迎えたが、それも一転した。急いで身支度をすませ、廊下へ駆け出し、ローランドのいる部屋を乱暴にノックした。
彼は起きたばかりのようだったが、レオノールのほうはいつでも外出できそうだった。
扉のすきまから見えた彼女は窓際に立ち、外の風景を眺めている。朝日をあびる彼女は、まるで太陽の女神カスバートのように美しかった。
「どうしたんだ? 時間はまだのはずだが」
「あ、あの……ローランドさん」
僕はあわてて視線をローランドに戻すと、その疑問に答えた。
「実は……昨日稼いだお金を全部、盗まれたみたいです」
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僕の部屋にローランドとレオノールが来ていた。
各々、ベッドの下や化粧台の引き出しなどを調べている。
見つからない。
警戒心を怠った僕の責任だ。
「ないようだな」
「すみません……」
「しかし、盗んだやつは見つかるかもしれない」
「え?」
ローランドは頓狂な声を出した僕に、銀色のロケットを差し出した。
それを受け取ると、蓋を開けた。
「まずは、その人物を探すとしよう」
ロケットの中には幼い少女の写真が入っていた。
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宿をあとにした僕たちは二手に分かれた。
ローランドとレオノールは昨日に続き、舞を披露することにした。
見つからないときの保険でお金を稼ごうという魂胆だ。
そして、僕は犯人探索に向かった。
情報といえば居酒屋だが、探している人物が子供となるとそうはいかない。
僕はメイン通りに出ると、屋根を並べている店の一つに入った。雑貨屋だった。
「はい、いらっしゃい!」
「すみません。町長のお宅を探しているのですが、何処にあるか教えてもらえますか?」
客じゃないと知った主人はあきらかに顔色を変えた。
「東のはずれにあるよ」
そう答えると、再び視線を手元にある貴金属へと戻した。
「そうですか。ありがとうございます」
返事はない。僕は急いで店を出た。
僕の警戒心のなさでローランドさんたちに迷惑をかけている。その想いと焦りのために、店を出た瞬間、旅人とおもわれる人物と接触してしまった。
勢いあまって倒れると、僕の懐から紅玉が飛び出した。
しまった割れる! とぞっとしたが、カンカンという乾いた音とともに紅玉は地面を転がるだけだった。
急いで回収すると、僕はホッと、胸をなでおろした。
「あの、すみません。急いでいたものですから。僕の不注意です。本当にすみませんでした」
旅人の顔を見上げる。
男だった。金色の髪が太陽の光を反射して輝いているが、切れ長の瞳がそれを逆に曇らせている。口元がつりあがり、相手を見下しているような感覚を与える。
白い鎧に身を包み、左胸には黒い紋章が描かれている。
僕はその紋章をじっと見つめた。
城の上に一人の男が剣をかかげて立っている。
ニール王の近衛騎士隊の紋章だった。
「あ、あの、本当にすみませんでした」
僕はあわてた。
近衛騎士隊の怒りに触れようものなら、首をはねられてもおかしくない。しかも彼らは歴戦の勇者だ。近衛騎士隊ひとりひとりの強さは一騎当千といわれている。そんな相手に僕はぶつかってしまったのだ。
男は切れ長の眼をさらに細くして僕を睨んでいる。
「すみませんでした!」
あやまるしかない。戦ってどうにかなる相手ではないのだ。
ふいに、男の右腕が動いた。
斬られる!
こんなところで死ぬのか。いや、あきらめることは出来ない。
戦うか。それともローランドさんに助けを求めるか。彼なら何とかしてくれるだろう。
「ハハハハ。そんなに怖がることはない。お前はネクロマンサー捜索の任務についているんだろ? それなら俺と同じ仲間だよ。それより紅玉が割れなくてよかったじゃないか。もし割れていたら大変なことになっていたぞ。さあ、起きたまえ」
彼は剣ではなく右手を差し出した。
いささか拍子抜けしたが、それを受けた。
睨んでいたように感じたのは気のせいだったのか……。
「俺の名はソレンと云うんだ。君は?」
「あ、はい。僕はノリエガといいます」
「そうか、ノリエガか」
「あの、さっきはぶつかってしまって本当にすみませんでした」
僕は深々と頭を下げた。
「ハハハハ。気にするなと云ったろう?」
彼は細い眼をさらに細めた。
「ところでソレンさん。先ほど仲間と云ったのは、どういう意味です?」
「……ああ、実は俺もネクロマンサーを捜索してるんだよ。捜索隊に志願したって訳さ」
「そうだったのですか。ニール軍直属の兵も参加しているんですね」
「ああ。王が急いているんでな。それなら俺たちも人肌脱ごうってことさ。それよりノリエガ、君はずいぶん慌てていたようだが、ネクロマンサーの消息について何か情報を得たから?」
その言葉で僕は急いでいるということが心に舞い戻ってきた。
「あ、いえ、そうではないのです。実はお金を何者かに盗まれたので、町長の家を探していたのです」
「なるほど」
「それでは僕は先を急ぎます」
僕は再び頭を下げた。
「あ、それからネクロマンサーは東にいるかもしれない、という情報は得ました。今はそれだけです。それでは、ソレンさん」
「東……東の大陸か――。なるほどな。ありがとう。また何処かで会えるといいな。お互いにがんばろう」
握手を済ませると僕は駆け出した。
きっと情報をもらしたことをローランドが知ったら怒るだろう。
だけど僕は、ソレンの屈託のない笑顔を思い出しながら、間違ってはいないと信じる事にした。
急がなくてはならない。
ある理由で、僕の不安は最高潮まで達しているのだ。
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「ソレン様。あの小僧を行かせてよかったのですか?」
ソレンの背後に、同じ紋章のついた鎧を着た騎士が近づいてきた。右眼に黒い眼帯をしている。
「あんな小僧ならひとひねりだったでしょうに」
「あいつはな、ストックエイジ」
ソレンは微かに震えていた。
「あいつは俺のことをソレンさん、といいやがった。ソレンさんだぞ。さんだぞ、さん。簡単には殺さない。地獄の底まで苦しめ、生きる気力もなくなるほど苦しめて殺すんだ。この俺直々にな」
ソレンの眼がかっと見開かれていて、瞳の奥には邪悪な炎がくすぶっていた。
つづく




