第二話 暗黒暴走 その2
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僕たちの前に廃墟と化した村が横たわっていた。
先の大戦で滅んだ村だ。畑は死にたえ、建物はすべて焼け落ちている。雑草すらも生えてこないほど、大地からの息吹はない。
「どうやら、女王ファイルーザに滅ぼされた村のようですね……」
「教えてくれないか?」
「え」
歩きながらローランドが尋ねてきた。
「いったい、その大戦とはどのようなものだったのだ?」
「し、知らないのですか? 子供でも知っていることですよ」
「大まかなことは解かる、が……くわしくは知らない」
僕たちは、かつて家だった瓦礫の上に腰をおろした。
家族の団欒はもう返ってこない、そう嘆いているように、夏とは思えない冷たい風が吹きすさんでいる。
昼食用の干し肉をほおばるローランドを見やると、僕はゆっくりと話し始めた。
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「大戦の狼煙が上げられたのは、今から十五年前、何の前触れもなく建国王ニールの軍が進軍を開始しました。
かつてこの世界は三つの国に分かれていました。南の商業都市ペドロ、東の大陸にある古代帝国フォルケ、そして、一代で興した新生大国ニール。
三大国家はお互いに平和条約を結んでいました。
しかし、安心しきっていたペドロとフォルケは、欲望に捕らわれたニール王によって滅ぼされたのです。
まずは同じ大陸でつながっているペドロが狙われました。
ペドロの国境付近の町や村が、商人になりすましたニール軍によって制圧され、フォルケへの連絡路を遮断。そうやって通信を途絶えさせ、あとはじわじわと中央へと進軍して、商業都市は友好国フォルケに危機を知られることなく崩壊しました。
ニール王の野望は何の問題もなく達成されるか、と思われましたが、商いに来ていたフォルケ人によって情報が漏れました。
古代帝国フォルケ。
古の時代より続く東の大陸には、数々の特殊能力をそなえた者たちがひしめいていたのです。
ニール王の支配した西の大陸はフォルケを遥かに凌駕した面積を持っていました。軍事力、経済力とともにフォルケをはるかに上回っています。しかし、全軍を東の大陸に向けても、落とすのは容易なことではありません。それほど東に住む住人は危険だったのです。漏れてしまった情報を撤回するのは容易なことではありません。
そこでニール王は、ある策を興じました」
僕はここでいったん言葉を切ると、皮袋になみなみと満たされている水を一口いれた。
ローランドは眼を閉じ、腕を組んでいる。
レオノールはというと、興味がないのか、辺りの惨状を眺めている。
続けてくれ、というローランドに僕は話をすすめた。
「ニール王は商業国家ペドロを落としたことにより、莫大な富を得ました。
東の大陸は自然に囲まれた美しい場所ですが、人々は決して裕福な生活ではなかったのです」
「買収……」
「そうです。ニール王は王都フォルケの周辺の人々を買収していったのです。すべての街や村が首を縦に振った訳ではありませんが、ニール軍についた海岸沿いの街を利用して、次々と上陸しました。
ニール軍に加勢するところは半々といったところでしたが、ニール王にはそれで十分でした。
買収した特殊能力を備えた者たちを使い、ニール軍に反した者たちを襲わせて、その混乱に乗じて王都フォルケに進軍しました。
数の差は歴然としていましたが、思ったより苦戦をしいられました。
辺境の村……たしかブロシェといいましたか――そこの抵抗が激しかったようです。
そこで建国王は彼らしい策を考えました。
この大戦で頭角を現している能力者への、ブロシェ村討伐命令です。
つまり少数精鋭を送ったわけです。
ブロシェ村で多数の死傷者が出る激戦が繰り広げられました」
ローランドが割って入った。
「そして、一人の英雄が現れ、ブロシェを落とし、ニールは世界を統一した、というわけか」
「そこも知っていましたか。そうです。確か英雄の名は――」
「マシアス――だ」
レオノールがローランドの言葉に反応したように、こちらを向いた。
「そうです、マシアスです。彼の功績により大戦は終結したといってもよいのです。
彼は鬼のような強さでした。ブロシェ村を一人で落とすと、フォルケに進軍しているニール軍と合流しました。手下を従えたマシアスはもう無敵と云っていいくらいで、進軍をとめられる者はいませんでした。
こうして、ニール王はわずか三年の歳月で世界を統一したのです」
話し終わるとしばらく間があった。
ローランドは何か想うところがあるのだろう。じっとしたまま動かない。
「お前は――お前のところはどうしたんだ」
僕は今や再びあたりを見渡しているレオノールと、僕をじっと見つめているローランドを交互に見やり、答えた。
「僕たちの村は長老の命令でニール軍に加勢しました。平和で小さな村だったので、武力がありませんでしたから」
「そうか。なら、何故俺に村の人々を救ってほしいと頼んだのだ? ニール軍についたのなら安全なはずだが。何故、次々と死んいるのだ?」
僕は顔を曇らせることはなかった。何故なら、彼はネクロマンサーだから。
「奇病が蔓延したからです」
「奇病?」
「そうです。体内の細胞がくさり、体組織の崩壊がおこっておりました。医者にみせたらしいのですが、原因は不明のままです」
カーメン……待っていてくれ。
「そうか。なら、なおさらラースを探さなくてはならないな」
「ローランドさんなら、治せるのではないのですか?」
僕は再び期待した。
「云ったはずだ。俺では無理だと」
期待は再び崩れ去った。
わからない。
何故、彼には無理なのか。何故ラースでなければ、ならないのか。
何もわからない。
「……そういえば、ローランドさんはあの女、サニエさんのことは知らないのですか? 彼女は、あなたのことをご存知だったようですが」
僕は質問を変えた。
そうしなければならなかった。
哀しみに押しつぶされそうだったから。
「俺は知らない」
「でも、忘れたってことも」
「会ったことも、聞いたこともない」
「そうですか……そうだ、彼女は東に向かえと云っていましたね。ここからさらに東といいうと……」
東。かつて、遺跡や聖域、緑と青に囲まれた美しい大陸。
特殊能力をそなえた者たちの大陸。
大戦で一番ひがいを受けた大陸。
正直、行きたいとは思わない。それでも、進まなければならない。
休息を終えた僕たちは、静かに大地に返ろうとしている村をあとにした。
その時、突風が吹いた。
夏とは思えないほど、風は冷たかった。
つづく




