男女共学のバイビー194
断崖絶壁の前、足音が止み、松田は自己憐憫にパントマイムを踊った。
断崖絶壁の前、死ねと言う足音が消え失せたのと同時に松田は足を止めた。
松田は感じる。
足音が消えた理由としての、身を投げたであろうヒロの姿はそこにはない。
松田にヒロを殺したと言う罪悪感や悲しみは一切なく、ただあるのはけだるい虚脱感だけであり、その虚ろとも言える心の奥深い心象風景に、ヒロが一番望んでいたであろう最愛の人との自殺を与えたピエロの物悲しさが、そこはかとなく漂っている。
燃えたぎる憎悪や殺意も消え失せ、雅を失った事の喪失感とて無い、そんな虚脱した時間の中で松田はヒロに対する不条理な兄弟愛を感じている。
雅との心中を果たした形でヒロは死んだ。
だから憎悪のままに弟を殺したのだが、それで雅は望み通りヒロと一体となり、松田は死んだとて、雅の心に入る隙はなく、相変わらずピエロを演じなければならない絶望的な虚脱感。
ヒロに対する妬みとしての憎悪のはけ口は、ヒロにとっては雅は最愛の人では無いと言う事柄なのだが、ここで一番肝心なのは雅にとってのヒロの存在であり、その雅が心底望んだであろう二人の心中に、自分は殺意と憎悪を以って報いたが、雅に対する思いは逆に宙に浮き、憎悪の分だけ情愛は昇華されていない形。そんなもどかしい虚無感がある。
自分はどこまで行ってもピエロであり、このまま死んだとて雅と一体化は出来ないと考えると、松田はその虚無感に自殺する意味合い勇気さえも失い、吹き付ける風に物悲しいパントマイムを見せるがごとく、ヘルメットを脱ぎ、又被りを何回となく繰り返して、うずくまり、溢れ出る涙をふっ切るように瞬きをして、泣き笑いした。