男女共学のバイビー190
「兄貴、ヒロ、止まれ、止まるんだ!」と若頭は声を限りに叫んだ。
左右に生い茂る木々に挟まれるように出来た、真っ直ぐに下に伸びる砂の斜面は、そのまま急峻な断崖絶壁へと繋がっているのだが、その断崖絶壁は朝靄が目隠ししていて見えない。
しかし、パズルの集団自殺の憎悪に燃えたぎる松田の目には、今目の前に展開する全ての情景を、悲しみの涙の中枢に投影、殺意溢れる足音として焼き付ける為に、その光景がスローモーション映像のようにゆっくりと克明に見え、前方に断崖絶壁のある事をも本能的に予期察知している。
ヘルメットを揺らしながら走る松田は、激しい憎悪と殺意のままにピエロのように泣き笑いしながら、涙を流し四散させつつ、狂い走っている。
そして松田はその熱い涙を破壊して貪婪なる憎悪に変換するために、腹の底から込み上げて来る「死ね」と言う言葉を口ごもるように呟き、流す涙が破壊されて行き、パズルの集団自殺の中枢部に吸収、軋み呼応連動して背後から追い掛けて来る足音が無数の叫び声を上げ出した。
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね!」
その無数の声に押されながら、ヒロは前方を走る松田の聞こえる筈の無い「死ね」と言う語り掛けに応え、黒い喜悦に頬を緩め綻ばせつつ「やっと死ねる」と小声で頷き呟き、熱い涙を流し、泣き笑いしながら走る。
砂を足裏で押し込むように蹴り、ブレーキを掛けては、反対側の足で又蹴るの、スケートをするような格好でしか砂走りの斜面は走る事は出来ない。
「死ね、死ね、死ね死ね、死ね!」と叫び声を上げる無数の足音に追われ前方を行く松田とヒロも、そのように走って行くのを、無邪気な子供の視線で楽しげに見詰めながら、若頭は涎を流し狂ったように一声笑った瞬間、尻餅をつき転倒してしまい、ヘルメットを飛ばして止まり、その衝撃に、かぶりを激しく振り、我を取り戻した。
そして若頭は立ち上がり「ヒロ、松田の兄貴、待て!」と大声で怒鳴った瞬間、再び足音の「死ね!」の大号令の力に押され、意思とは関係なく、足が勝手に動き走り出しながら、若頭は再度泣き笑いしつつ声を限りに叫んだ。
「兄貴、ヒロ、止まれ、止まるんだ!」