男女共学のバイビー189
ま、松田、ヒロを、助けて、頂戴、と雅は念じ祈った。
涙は致命傷など負わないのに、雅はピエロの涙が足音に貫通されれば死ぬと言う考えが唐突に閃き、自分の目頭を震える指で拭い、泣くのを止めて、縦横無尽に走り回る足音を意気地を以って押しやるように、激痛に卒倒気絶したたまま動かない加奈に向かってあらん限りの声で怒鳴った。
「加奈さん起きて、起きて頂戴、泣いたら松田のピエロに涙を破壊されて死ぬわ。加奈さん、起きて頂戴!」
失神している加奈は背を向けて倒れたまま返事をしない。
すると機械仕掛けのピエロの大粒の涙が時計が止まるように朽ちて錆び、軋む音を立てながらゆっくりと落ちて行き、時間軸を溶かして松田の優しい足音となるから、痛みは有っても情け深さに柔らかいその分、緩衝材となり、致命傷を負わないのだと雅は感じ取った。
それならばすることは一つだと恐怖に唇を震わせながら雅は思う。
最大の急所としての、恐怖や悲しみに流れ落ちる涙を絶対に流さない事が肝要だと。
松田の憎悪や悲しみがパズルの集団自殺の一コマの割り振りの中枢になっているならば、何故涙が急所となり、何故無数の足音はそれを狙うのか、それはどうあっても理解し難いが、畢竟松田の悲しみと殺意を止めるには絶対に涙は禁物であり、涙の心臓部にあるパズルの集団自殺のピエロの脆弱な悲しみを的とし、足音は破壊して、めくるめく暗黒に誘い、絶対の無に帰そうとするならば、自分の死は松田の死であり、松田の死は連動してヒロの死であると同時にあらゆる人間の死だと雅は感じ取った。
そして雅はおののき震える手で、もう一度滲んだ涙を拭い、脳裡に心象風景として浮かぶ松田であり自分でもあるパズルの集団自殺の、泣き笑いするピエロの一コマに、震える声で語り掛けた。
「松田、わ、私はもう泣かないわ。だ、だから、ヒロをね、助けて頂戴、ま、松田、お願い、よ、松田…」