男女共学のバイビー172
ちびのくせにやせ我慢していたのでしょうねと、ヒロは言った。
若頭が足を止め振り向き、足音が消えたのを確かめてから、やはり足を止めたヒロに向かって言った。
「お前、お袋が出て行った時、青いスモック着ていて泣かなかったよな。何故泣かなかったのだ?」
フォグランプで若頭を直射しないように顔の角度を調整しつつヒロが答える。
「あの鬼婆は間男と嬌声を上げながら、自分を嘲笑いつつ置き去りにしましたからね。自分としては当然悲しみはなく、逆に鬼を見る恐さだけがあり、泣くなんて、到底考えられませんでしたよね」
若頭が慈しむように眼を細め涙ぐみながら言った。
「お前、置き去りにされて寂しくなかったのか?」
松田に注目されているのを恥じらうようにヒロが答える。
「そ、それは寂しく無いと言えば嘘になりますよね。だから泣きたくても、自分はやせ我慢していたのかもしれませんね…」
若頭が泣き笑いの表情を作り苦笑いしてから言った。
「ちびっこの癖にか?」
ヒロがやはり苦笑いして答える。
「そうですね。ちびのやせ我慢ですね。涙腺切れたら際限なく泣いていたと思うし、だからやせ我慢していたのでしょうね。それよりも兄貴、ここからパズルの集団自殺に逆らって、バンガローに引き返す事は出来ませんかね?」
間を置き若頭が答える。
「いや、例えばここからバンガローに向かったとしても、足音に行動様式をコントロール調整されて、無自覚に違う方向に向かうのが落ちだろうな。もう俺達の身体は俺達の物ではなく、足音のものみたいなところが有るからな…」




