男女共学のバイビー131
死ぬのは簡単だと、若頭は考えた。
若頭は考える。
迷子で孤独なヒロの境遇は自分の境遇でもあると。
だから目の前に静かに流れる濃霧があたかも自分の故郷であるような錯覚を抱く。
冷たく音もなく流れる青いスモックの濃霧の懐に抱かれて、その冷たさが理性のたがを麻痺させ、おののきを平安に変えて行く。
「死ぬのは簡単だ。柵を越えればそれで良い」と考え、若頭は狂おしく独り微笑む。
平安に抱かれつつ死ぬのは容易いと若頭は切なく考える。
柵を越えて、その向こう側にあるヒロが着ていた温かな青いスモックの濃霧と握手して、己の心と交換し、喜悦したままに着替えれば、自分が青いスモックの静寂なる霧となり、流れて行けばそれで済むのだ。
ヒロの命と自分の命が一家団欒の中温もりの懐に抱かれて、重なる至福なる瞬間。
そうだ柵を外れ、そこにいる笑顔のヒロから濃霧としての青いスモックを貰い、それを着込めば孤独は癒され、皆も助かるに違いないと、若頭は考える。
涙を流して歩いているのは自分ではなく別人なのだ。
柵を越えて温かい濃霧の齎す一家団欒にこそ本当の自分はいると若頭は思う。
寂しさを分かち合ってこその兄弟ならば、今自分を温かく手招きしている青いスモックの濃霧こそが、兄弟愛の証ではないかと若頭は考える。
そして若頭は柵を越えるべく片足を上げた刹那、もんどり打って転倒し、その痛みに我を取り戻した。




