男女共学のバイビー125
松田、駄目、助けてと、雅は絶叫した。
松田が雅を置き去りにするタイミングを見計らいつつ言った。
「会長、この辺りで宜しいでしょうか?」
雅が震えながら答える。
「松田、わ、私の叫ぶ声を聞いたら直ぐに戻って来てよ。お願いよ!」
松田が涙ぐみ答える。
「押忍」
松田が車椅子のブレーキフックを足で操作してからおもむろに言った。
「会長、これで車椅子は動きません。自分は直ぐ傍に待機していますから、た、耐えられなくなったら呼んで下さい」
雅が全身を小刻みに震わせながら答える。
「分かったわ。松田、お願いよ?!」
松田が濃霧の中に消え失せたのと同時に、雅がパニックに陥り、心臓が不安におののき高鳴り始める。
首筋から頭にかけて脈が早鐘のように打ち続け、心臓が張り裂けて口から飛び出して来そうな感じがして、悶絶する程に息苦しい。
恐怖の対象でしかない濃霧に食い殺されそうな苦しみの中で、雅は不意に苦痛とは裏腹の静寂に満ちた安楽を感じ取った。
その音もなく流れる安楽な濃霧の静かなしとねは、ヒロの眩しい笑顔が作っており、そこに行けば、ヒロと未来永劫一体化出来ると雅は感じる。
自分が慈母となって、冷たい濃霧の中で憤死したヒロと手を繋ぐ、その連結役を静かな濃霧は果たしているように見える。
二人だけの死。
それは甘美なる永劫の愛だと雅は思う。
だがその愛がぐらりと揺れ震え出した。
愛の震えはそのまま恐怖のおののきへと変貌し、雅はヒロの優しい笑顔の幻覚を奥歯で噛み砕くように震え出し、その苦痛のままに口を開いて絶叫した。
「ま、松田、駄目、助けて、松田、早く助けて!」




