男女共学のバイビー120
「うるさい!」と、ヒロは濃霧に向かって怒鳴った。
恐怖心を伴う冷たい濃霧をかい潜るように歩きながらヒロは考える。
濃霧が自分の深い悲しみを容赦なく暴き立て、耐え難い寂しさを募らせると。
この濃霧は自分を棄てた母親の冷たい手の温もりに似て、背筋をぞくりと凍らせて来る。
冷酷に幼子を棄てた氷のような心を持ち合わせた母親の、鬼畜にも似たる冷たく視界を閉ざす濃霧は、身体だけではなく、己の心にも悪魔のように音もなく侵入して来て、薄暗く寂しい処で「ママ、寂しいよ、ママ、助けて!」と叫び声を上げているただ寂しいだけの自分の心象風景を、いやが上にも浮き彫りにして来る。
そのこの上なく怨みがましい寂しさが心の中で、まるで別人のような声で己に「もう死んでもいいよ。早くしねば」と囁きかけて来る。
立ち止まり、唇を震わせ、とめどなく流れて来る熱い涙を拭い、そのまま柵を踏み越え走り出し舌を噛み切って死にたい激情を、ヒロは歯を食いしばって堪える。
自分が自決すれば皆が死ぬ。
しかし自分はあくまでも加奈さんと心中を図りたいのだ。
あまつさえ兄達や雅会長を巻き込むのは本心では無いと考えつつ、ヒロは顎を上に向け霧を罵るるように一声喚いた。
「兄貴達を殺すわけには行かない。馬鹿め、俺はまだ死なないぞ!」
その声を嘲るように濃霧が耳元に忍び込み絡み付き誘惑するように囁く。
「本当か、お前の本心は違うだろう。お前が死んで全員を巻き込むのが、お前の本心じゃないか。違うのか?」
その声が自分の本心のように思えて来て、どうしようもなく心変わりして行くのを、ヒロは咄嗟に自分の頬を平手で打ち据え、声を限りに怒鳴った。
「うるさい!」




