男女共学のバイビー117
電話が希望の光、シンボルとなり生きる原動力になるからですと、加奈は言った。
若頭が加奈に尋ねる。
「道具はどうする?」
加奈が否定する。
「いや、武器など持っていたら、不安と恐怖にかられて直ぐさま死の誘惑に負けて自殺してしまいますから、持たない方が良いと思います」
若頭が頷き答える。
「尤もだ。防寒着を纏い、食料と水をふんだんに整え準備して、肉体的な苦痛を最小限に抑えて遭難に備えないとな。戦う相手は己自身に巣くった自殺願望なのだから、武器はいらないしな。それで決行日時は何時にする?」
加奈が即答する。
「視界五メートル以内しか見えない濃霧が立ち込めている時で、正午過ぎが良いと思います」
今度は若頭ではなく、雅が質問する。
「それは何故?」
加奈がけだるい感じで俯き、間を置いて答えた。
「私がその時刻に高原に入ったからです」
雅が頷き尋ねる。
「通信手段はどうするの?」
加奈が事務的な口調で答える。
「私がそうしたように全部遮断してから、車に置いて行きましょう」
雅が首を傾げ尋ねる。
「あなたも遮断して車に置き入ったの?」
加奈が答える。
「いえ、あの時は車はありませんでしたから、遮断しただけです」
雅が背筋を伸ばし尋ねる。
「ならば何故車に置くの?」
加奈が答えた。
「人とはぐれて遭難した時、電話が希望の光、シンボルとなり生きる原動力になるから、パニックを引き起こしていても、力を振り絞って何とか車に辿り着こうとするではありませんか。それともう一つ明解にしておきますが、パニックを引き起こした時の激しい動悸や過呼吸は心筋梗塞を引き起こしているわけでは無い事を各自肝に銘じて下さい。よろしくお願いします」
若頭が加奈の意見に自分の感想を付け加え、淡々とした口調で言った。
「但し狂ってしまったら、そんな理性的な判断は困難無理だから、各自発狂しないように極力耐え忍び自制してくれ。頼むぞ」




