悪夢の始まり
「緊急メンテナンスのお知らせ
本日、重大な不具合g見つかったため、24時から緊急メンテナンスを行います。メンテナンス終了時間は決まり次第お伝えいたします。<br」
「まじかよ…」
俺はつぶやいた。
せっかく食料を確保して、さあ!と思ったのにメンテとか。しかも運営慌てすぎだろ。タグが入っちゃってるし。
しかしどうしよう、暇だな。今日こそ激レアの装備をドロップしようと意気込んでいたのに…。
しゃーない、空き時間は他のネトゲでもしてみようかな。
べ、別にあんたをプレーできなくても困らないんだからねっ!!
ネット上を行ったり来たりしてやっとの思いで見つけたのが、フ…なんとかという新作のネトゲだ。俺、普段やってるネトゲがメンテの度に他のゲームにちょこちょこ手を出してはつまらないから放置!を繰り返してるから、新しいゲームを見つけるのが大変だったよ。
とりあえずキャラメイクから入る。名前は…いつものゲームのほうで使ってる名前でいいや。
つぎは容姿設定ね。
だけどあんまいいのがないな。とりあえず男キャラの表情1,髪色1,髪型1でいいか。手を付けないままというのもどうかとは思うが、弄っても田舎のホストみたいになるだけで、これが1番マシだったのだ。平凡だけどな。
今だから思う。キャラメイクに満足できなかったのだからプレーしなければ良かったのに、と。
それはさておき、ステータス画面に移る。このゲームでは最初にステータスポイントを10もらえるらしい。
なるほど、このゲームではステータスは7種類なのか。STR、INT、VIT、AGI、DEX、CRIはいつもやっているゲームでお馴染みだけど、このMENてなんだ?男か?男子力でも上げるのか?てか男子力ってなんだよ?!
「ふぅ…」
脳内無限ツッコミを一段落させて一息つく。WOMとかいうステータスがあれば男子力と女子力のステータスがあってもいいが、ないので男子力ではないだろう。そもそも男子力ってなんなんだよ。
とりあえずAGI-CRIに半々に振ればいいか。いつものゲームでは、始めたばかりでは魔法使い系ならINTに全振り、戦士系ならAGIとCRIに振るのが普通になっている。
「さてと…お?」
設定し終えてゲームスタートのボタンを押そうと思った俺は、設定画面の隅の隅に隠しボタンがあるのに気がついた。なんとなくそれを押すと設定画面が広がり「特殊ステータス設定欄」「特殊スキル設定欄」が加わった。
なにこれ、「気づいた人おめでとー!」ってやつ?
運営さんよ、ちょいと雑すぎないか?
なにはともあれ勝ち組の俺は見てみる。ま、どのゲームでもこの手の特殊ステやスキルは微妙なのが多いけどな。
ほら、特殊ステータス:顔面偏差値、身長、胸
いやいや、使えねぇ。キャラ性能にしかこだわらない俺にとってはゴミステータス。てか男キャラでも胸大きくなるのね…。顔面偏差値上げて髪ロングにして胸ふくらませたら男か女か分かんねえな。…ぐふふ。
続いて特殊スキル。
こちらも特殊ステータス同様、ゴミスキルしかないと思っていたら、こっちは有用だった。しかもとてつもなく。
特殊スキル
・容姿再設定
・スキル再設定
・潜在能力解放
・ジョブ再設定
・取得経験値倍増
スキルの再設定は、おそらくスキルポイントの使用状況をリセットするのだろう。ジョブ再設定は、不可逆性の転職を可逆性にするのかな?経験値倍増はそのままだろう。潜在能力解放は何なんだ?いきなり超能力にでも目覚めるのかな?笑
ま、なにはともあれ容姿再設定はともかく、残り4つはもはやチートじゃないか。
ただ、それぞれのスキルを取得するのに5ポイントかかるようだった。
さすがチートスキル。…容姿再設定はいらんけど。
少し悩んだ末、AGIとCRIに振ったポイントを回収し、取得経験値倍増とスキル再設定を取得しておいた。
何か困れば特殊スキルを再設定すれば良い。
さてと、今度こそ設定完了だ。(念のためさらなる隠しボタンも探してはみたが、発見できなかった)
俺はスタートボタンを押した。
あれ…なんだか意識が……とおく…な……る………よ……。
まっ…たく……ど…こ……の…腹……話………術…師…だ…よ………―――。
「う…」
気が付くと俺は寝ていた。
目を開けると見知らぬ天井がある。
とりあえず起き上がり、寝ぼけてぼんやりした頭で周りを見る。
30畳はあろうかという大きな部屋に周りはふすまや障子で仕切られていた。宴会場みたいな、と言えば分かりやすいだろうか。
俺はその部屋の真ん中の、布団の上で寝かされていた。
なんでこんな日本家屋に…などと考えていると、障子が開いて1人の老人が現れた。
見事な白髪頭、むしろ白髪ではなく銀髪と呼ぶべきなのかもしれない品格を持った頭髪に、あまたの人生経験の証である多くのシワの刻まれた荘厳な顔つき。さらに着物を着ていて、いかにもな爺さんだ。これで名前が権左右衛門とかなら完璧だな。
「おや、目を覚まされましたな。」
権左右衛門(仮)が話しかけてくる。
「わしの名前はえんじぇる。そなたはうちの前に倒れておったのじゃ。」
まさかのキラキラネームでした――――!!!
そのギャップに驚いたため「はぁ…」としか言えない俺に向かって心配そうに爺さんが聞いてくる。
「もしかしてまだ気分がすぐれないのかね、レオンハルト君?」
「…え?れおんはると?」
俺は西洋人的な響きの名前で呼ばれて困惑する。俺はキラキラネームではない標準的な名前を持つ純日本人なのだ。
すると、そんな俺を見ていた爺さんがなぜか謝ってくる。
「すまんな。失礼かと思ったのだが、君のモーブがちらりと見えたのじゃ。」
「モーブ??」
「それじゃよ」
爺さんが俺の腰についている懐中時計のような物体を指さした。これがモーブか。
よく見ると「Leonhardt」と彫られていた。
「レオンハルト…」
俺はつぶやく。
この時になってようやく覚醒しつつあった俺の脳みそは思い出した。
そういえばネトゲをプレイしようとしてたこと、そしてそのキャラネームがLeonhardtだったことを。
これは夢か?夢なんだな。プレイの途中で寝落ちしてしまったのだろう。
…いや、でもスタートボタンを押してからの記憶が無い。それに夢の中でここまでクリアな思考が持てるだろうか。
いろいろ考えるうちに、俺の頭には、最も信じたくない、そして最もバカバカしい疑念が浮かんだ。
ここはゲームの中なのかもしれない。
小説の中の世界ではこんなことしょっちゅうあるじゃん?
VRMMOの正式サービス初日にGMによってネトゲの世界からログアウトできなくされたりとか。
でも、俺が住んでいたのは近未来じゃないぞ。
ようやくスマホ全盛期となり、それに続くウェアラブルデバイスの開発が進んでいる2013年だ。仮想世界へのダイブ技術は全く開発されてない。
しかも俺はパソコンの前で座っていただけである。どうしてゲームにダイブなどできようか、いやできない。
でも、それ以外の可能性など浮かんでこない。
うん、やっぱりここは良くて夢、悪くてゲームの中だな。難しいことは考えないようにしよう。うん。俺馬鹿だし向いてない。
しかし実はその結論は間違っていて、後に俺は認識を改めることになる。
……ただし、悪い方へ、だ。