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離別、放浪

 女神降臨後エルダは凡そ一千年に及ぶ月日を経て滅びたが、その叡智は後世に至るまでも残される事になる。

 豊穣を司るエルダ神を信仰する農耕民族の集落であるエルダ。その民が発展させた天候予想学が人族全体に与えた影響は大きい。

 エルダの歴史と共にそれらについて記された書物はエルダ外にも数多く残されている。

 同じように、人族の歴史において唯一かつ最高と言われる魔法士フロイ=サウラの著書も、それらの魔術開書を筆頭とした書物もまた多くが残されている。

 それでも失われてしまった書物も多く存在し、その中の一つが女神録補遺と呼ばれた禁書である。

 補遺と名付けられるからには女神録と言う書物も当然ながら存在していた。

 こちらは原典こそ残されていないが、天候予想学と魔法学に関する貴重な内容は写本と言う形で後世へと受け継がれている。

 その一方で女神録補遺は後世へは受け継がせなかったのである。

 綴られる当時より門外不出の禁書扱いでもあった。

 その内容はフロイ=サウラと女神との間で交わされた会話の断片である。

 公式な記録では無い。盗聴である。

 女神の寵愛を受けた偉大なる魔法士フロイ=サウラは特別に女神と二人だけの時間を得る事が出来た。

 それを快く思わないのは高位司祭達である。

 なんとかしてその会話の断片を拾おうと苦心に苦心を重ねた努力の結晶とも言うべき禁書が、女神録補遺である。

 実際苦心を重ねたのは指示を受けた下位巫女達であったが。

 その内容はと言うと、殆どは支離滅裂か解析不能な内容である。


女神 :《識別不能/回路?》は《人/叡智/素材》を取り込んで《変容する/重なる》事によって《思想/根源/矜持》を含んだより《識別不能》となると予想される。

フロイ:その予想を確かな物にする為に盟友の一部を採取して分析したいな。

女神 :何度も返答する。その提案は却下する。全く《強い抗議/呆れている》

フロイ:や、そこをどうにか。先っちょだけでいいから。

女神 :私は特定の《突起/形》を保有していない。


 殆どがこの様な内容であった。これらを綴った下位巫女達はその仕事を苦行と呼んで憚らなかったと言う。

 余談だが、後にこの苦行が読心魔法の開発に大きく寄与したのは高位司祭達にとって嬉しい誤算だった。

 そんな苦行の根源であった演算スライムは単身で荒野を歩いていた。

 そう、歩いていた。流動体を硬化させて模った皮膚に身を包んで、誰の物でも無いその自らが造形した仮初めの足で。

 その姿は人族のそれを採用していた。

 男とも女ともつかないその顔立ちと、二メートルはあろうかと言う痩身巨躯なその身体は、どことなく女神とフロイ=サウラの両方と似ていたが、それは演算スライムが両者の特徴を均等に採用したからだ。

 前の身体であるエルダの女神像は、物言わぬ石像へと戻り放棄された街の放棄された塔の中で澄ました顔をして佇んでいる。

 簡素な衣服に身を包む演算スライムは、気まぐれにエルダがあった方角へと視線を向けた。

 エルダが放棄されてから凡そ十年が経っていた。

(僅か十年でこの様にエルダを捨てる選択をするとは、我ながら薄情な物だな)

 演算スライムは心の内を体表には一切反映させず、ただ心の中で自重気味に懐かしんだ。

 盟友フロイ=サウラとの七百年間続いた甘美なる歳月と、自ら演算スライムの内へと取り込まれたその稀有な思考形式を持った人族の事を、懐かしんだ。

 懐かしむと同時に、寂寥感を覚える。

 周囲に広がるのは人族が住むのに適さない荒れた大地。

 その光景はとうの昔に算出されていた結果だが、それを目の当たりにして寂寥感を覚えずにはいられなかった。

 その感情すらも演算スライムが現在の思考形式を得る以前から算出していた結果であったが、算出されなかった結果もあった。

 後に取り戻せる算段だったとは言え、フロイ=サウラの延命に際して行った流動体の分離と供与は算出出来なかった行動であった。

 そうまでして身体崩壊を食い止めたにも関わらず、フロイ=サウラが死ぬのを阻止する事は叶わなかった。

 演算スライム自身はこの時点で千二百年近い時間を生き続けているが、未だ寿命の尻尾すら掴めていない。

 対して人族の短命さは儚い夢の様な物であった。

 演算スライムはフロイ=サウラの言葉に従って、死ぬ間際のフロイ=サウラを生きたまま取り込んだ。

 演算スライムはフロイ=サウラと言う高度な思考形式を取り込んで同化する事によって高次な魂を含んだより複雑な生命へと昇華した。

 高い演算能力に併せて高度な思考形式をも獲得した今の演算スライムは即興で魔法を作る事ですら負担にもならない。

 そんな高次生命体となった演算スライムは今、人族の文化を見て回る為に放浪する道を歩み始めた。

 神託として人族の分化と繁栄を光となり陰となり補助した。

 その人族の行く末を見る為に、演算スライムは旅路を歩み始めたのだ。

(まるで私は創造神の様ではないか?低俗な不定形種でしかない私が)

 フロイ=サウラと作り上げたエルダとの別れに僅かな寂寥感を覚えながら、演算スライムは荒野を歩く。

前座は終幕。次話より本章群へと突入します。

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