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詠唱、模倣

 そろそろ飽きたなと、そう思ったのは人族の頭部を持ち帰ってから六年後の事である。

 人族の文化は少なくともルドアリ平野に生息する他のどの種にも類似しない物であり、六年間に渡って演算スライムの好奇心を満たす価値はあった。

 特に興味を引いたのは言語の複雑化である。

 演算スライムですらその基盤を模倣するのに五時間掛かったその言語は、人族が扱う言語の内の一つでしかない。

 そこから更に六時間掛けて、その複雑な言語を用いた学習方法が人族の個体としての能力が平均的で無い理由である事を演算スライムは理解した。

 赤翼怪鳥がその翼の色と飛行姿勢の組み合わせを用いた言語で複雑な意思伝達を行う事を演算スライムは知っていたが、人族の言語はそれよりも複雑な伝達が可能である様だった。

 更にはそれを文字と呼ばれる模様で表現する事には、素直に感心した。

 草原狼が大地に魔力を込めた爪痕を刻む事により魔法に自律性を持たせる事を演算スライムは知っていたが、人族が文字で行使する魔法はそれよりも遥かに応用性が高かった。

 その分、単純な身体能力は残念極まりないものだったが。

 二十五時間程で持ち帰った頭部から引き出せるだけの情報を引き出した演算スライムは、その情報を利用して人族から更に情報を得る事を決定した。

 多数の方法から成功率と利益率を試算した結果、人族に擬態するか認識される事の無い様にして情報を収集する事が一番安全であると算出された。

 しかし、邪魔になるモノがあった。

 肥大化した流動体である。

 演算スライムの演算能力は無限に近いが無限ではない。

 各種擬態と隠蔽を行うに当たって、その範囲は狭い方が良い。

 だからと言って流動体を分割するのは不定形種としての本能が嫌った。

 外的要因によって分割されたり消耗するのは問題無いのだが、自ら分割したり減量するのは何度試みても実行出来なかった。

 そこで演算スライムは次の手を策定した。

 隠密魔法の応用である。

 隠密魔法は自分の周囲に異相空間を纏う魔法である事は解析済みだった。

 それによって周囲と完全に切り離した空間に隠れるのが隠密魔法である。

 隠密魔法では薄く纏うだけの異相空間を、便利な倉庫として活用しようと演算スライムは思い立った。

 しかし、大きな誤算がそこにはあった。

 魔法の改造や創造がこの上なく、楽しかったのである。

 結果、六年魔法で遊ぶ事に没頭した。

 そして、六年掛けてようやく、飽きた。

 そう言った経過が存在しての、六年である。

 その六年の間に演算スライムは身体を乗り換えていた。

 腐牙狼から墓鼠へと。

 墓鼠。虹鼠とも呼ばれる。

 腐牙狼が腐食性である一方、墓鼠は骨食性である。

 個体が著しく増えると、骨を生産すべく狩をする事もあるが、基本的には無害な小動物である。

 身体は人族の拳程度。体毛は個体によって異なる色合いをしており、単色の個体、模様のある個体、色が部位によって変遷する個体と様々である。

 演算スライムが選定した身体は単色の個体で、体毛は淡い錆色をしている。

 なるべく目立たず印象的で無い個体として選出されたのがその色の個体だった。

 その内部は流動体が詰まっており、心臓があった場所に異相空間へ繋がる空間の穴が存在していた。

 流動体のほぼすべては異相空間に収容されていたが、思考速度の安定化の為に核は異相空間では無くこの世界に存在していた。

 異相空間の内外では時間の進み方が不規則に変化していたからだ。

 この辺りは六年間掛けた道楽の成果でもある。

 そして六年掛けて成果の出なかった事もあった。

 人族の声帯の再現である。

 もう少し身体寄りに頭部を切断しておけばと、当時は二十秒程悔やんだ。

 結局の所脳から引き出した詠唱は声帯の制御方法なのだから、制御するモノが存在しなければ再現は不可能である。

 それでも一度でも詠唱を聞く事が出来れば声帯の再現は可能だと予測していたが。

 瀕死の人族が演算スライムに喋っていた言葉が何かの詠唱ではないかと期待はしていたが、解析した結果は神への祈りだった。

 そして現在、演算スライムは別の誤算に直面していた。

 墓鼠の移動速度が予想よりも遅かったのである。

 いくら疲労と無縁な流動体が動かしているからと言って、身体の小ささはカバー出来なかった。

 仕方がないので捕獲して改造した三角牛に乗って移動する事にした。

 速くはないが、墓鼠よりは数段ましな速度だった。

 しばらく移動した所で演算スライムは不定形種が上空で発生した事を感知した。

 不定形種は上空から降ってきて、地面に衝突して死んだ。

 その様子を見ていた演算スライムは、普遍的な不定形種たる流動体がどの様に発生するのか、更に演算スライムを演算スライムたらしめる核はどこから来たのか、そう言った考察に若干の演算能力を割いた。

 人族の集落へ到着するのは三時間程先と算出されている。

 いつだってそうだが、時間は有り余るほどあった。

 とは言え、三時間は長い様で短く、一つの仮説を算出する程度にしか考察は進まなかったが。

 集落の規模は小さい物で、数千の個体が生息している。

 石を切り出して積み上げた外壁には何種類もの魔法が付与されており、侵入は難しい。

 だが、墓鼠の身体を使用する演算スライムは排水溝から容易に侵入した。

 エルダと呼ばれるこの集落で、演算スライムは人族の観察を開始した。

 対象は特に定めず、場当たり的である。

 それでも演算スライムの演算能力を活用すればこそ膨大な情報が集まった。

 人族の情報を満足行く量まで集積した所で、演算スライムは墓鼠の身体を放棄する必要性を感じていた。

 それはエルダに棲み付いてから百二十年後、墓鼠が病を運ぶ事が人族の間で広く知られる様になった頃の事であり、演算スライムが詠唱魔法を利用可能になった頃の事だった。

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