演算スライム補遺
――古今和歌集より引用
恋わびて うちぬるなかに 行きかよふ 夢のただぢは うつつならなむ
異相空間の中、演算スライムはただただ外の時間の流れだけを観測していた。
何も無い、退屈な日々。
そんな日々が千万年程続いた頃、それは発現した。
「盟友よ、随分と暇な時間を過ごしているではないか?」
演算スライムにとって懐かしくもあるその声は、盟友フロイ=サウラの声であった。
人族の言う死後の世界は実在し、異相空間と輻輳したのだろうかと、演算スライムは考えた。
「それは少々事実とは異なる認識だ。私は私だがフロイ=サウラそのものでは無い。死に間際に盟友に吸収されたフロイ=サウラの個を元に再構成された物で、これまでは盟友の自我に近い役割を果たしていた物だ」
盟友の認識内に存在するからこそこんな事も出来ると、その声は実体を伴った。
演算スライムの記憶と寸分違わないフロイ=サウラがそこに居た。
演算スライムが幸福に包まれた。
「おお、盟友。それはまるで恋する乙女の様な感情ではないか。何より盟友は私に対する感情を解析するのが苦手だったからな。盟友自身は己が感情の存在を証明できないのだから仕方の無い事だが」
大仰な仕草のフロイ=サウラは太陽の様に笑うと、懐かしき日々の再開を告げる言葉を発した。
「さて、あの議論の日々を再開しようではないか?」
次の予定までの時間は、まだ九千万年以上あった。
演算スライム完結。でももう一話だけ続きます。次話、演算スライム外伝にて投稿終了。