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再編、修復

 ジルは戦闘中に他事を考えていた。

 それは自身が一体どれだけの間生きているのかと言う事だった。

「我が知る限り、二千四百五十年程は生きているな。転生手術を施される前に関しては知らん」

 光竜がジルの現実逃避を断ち切った。

 ジルを潰そうと迫る岩石の塊を、ジルは片腕で受け止めた。

 ジルの身体が突き抜けた衝撃で僅かに損傷し、肉削樹木とアダマンタイトを張り合わせた素材で作られた靴はその衝撃に耐え切った。

 一方で靴裏が接する普遍的な地面は全く耐えられずに大きく罅割れて陥没した。

 地面の割れ目から貯水草の根が無数に伸びてジルに向かうが、虚空から出現した光の筋がそれを全て焼き切った。

「うむ、その岩の塊も植物の根も視覚を持たぬ様だ。我の偽装は全て通用していない」

 ジルの周囲には百人程のジルがわらわらと動き回っていた。

 それらは全て光竜の造り出した偽物であったが、ジルを攻撃する岩の塊と植物の根はどちらも偽物を無視していた。

「役立たずめ」

 人目の無い場所での単独行動なら光竜の力を存分に借りられる為、そんなに難しい仕事ではないと楽観視していたジルは渋面で悪態を吐いた。

「人族には得手不得手があるのだ」

 無数のジルは瞬きをする間に消えた。

「お前人族じゃないだろ」

 ジルの冷淡な声音に対してそうであったそうであったとジルにしか聞こえない声で大笑する光竜に、ジルは際限無く悪態を吐き続けた。

 その間も延々と続けられた光竜による攻撃によって、貯水草の根は焼切られ、岩の塊は徐々に溶融し始めていた。

 そんな状況が丸二日続いた後に、その戦闘は終結した。

 真っ赤に溶融した岩が沼の様に辺り一面に広がり、熱せられた大気がジルの視界の中でその昔エルダと呼ばれた廃墟を歪めて見せた。

「何て言うか、瑞々しい」

 光竜の表現を聞いて、ジルは何かが違うと感じた。

「気持ち悪い」

 禍々しいと言う表現も脳裏を過ぎったが、結局一番適当なのは気持ち悪いと言う表現だとジルは思った。

[私は何だ? 私は何だ? 私は何だ? 私は――]

 呪詛の様な声がジルの頭に響く。

 帝国の技師団もグラン諸国の研究者も教会の使節団もエルフの賢者も解明出来なかったその声の正体に、ジルと光竜は心当たりがあった。

「エルダ=サウラ」

 ジルと光竜は全く同時に同一の名前を発した。

「あのぬめぬめしたのがエルダ=サウラの正体って事?」

 ジルは眉を八の字にして旧エルダを指差した。

 薄青色の流動体が旧エルダの外壁から溢れ出ていた。

「我にそこまでは分からん」

 自信たっぷりにそう言ってから、言い訳の様に千百年前のここは我の範囲外だったと光竜は付け加えた。

 肝心な所ではいつだって役立たずの光竜に、ジルは小馬鹿にした声音でへえそうなのと呟く。

「エルダ=サウラだとしてもそうでないとしてもどうだっていいけど、五番小隊と六番小隊の生き残りは居る?」

「塔より北側の建造物に一名。右上半身と下肢部を損失した状態で生存している個体が居る。恐らくは転生体」

 指揮官として派遣された純血の森の人は死んだかと、ジルは面倒臭そうに呟いた。

 外部には秘匿しているが、森の人の繁殖能力は極端に低い。

 帝国民の特殊平均寿命が百三十年程度に対して森の人の特殊平均寿命は約千年である。

 その一方で特殊出生率は同数である為、森の人は増え難い。

 五百年間で人口の三割程の森の人が寿命以外で死滅した場合、エルフはその規模を維持出来ないと推定される。

 赤根油が遺した禁書、エルフ崩壊の筋書に記されている内容である。

 賢人会の重要任務の一つが森の人の死亡率抑制であるのはこの事が大きく影響している。

 だからこそ、二つの小隊が連絡を絶ったこの旧エルダを調査しに訪れたのはジルなのである。

 賢人会唯一の転生体であるジルが死んだとしても森の人は減らない。

 その扱いに思う所は色々あるのだが、ジルは光竜が居る限り死ぬ事は無いだろうと楽観視して二つ返事で旧エルダへと向かった。

 そして、丸二日に及ぶ戦闘に疲弊して猛烈に後悔していた。

「用事だけ済ませて帰るか」

 そう投げ遣りに言って、精霊に強化させた脚力を解放したジルは斜め上方に跳躍した。

 ジルは重力に掴まる事無く一直線に塔の七階層へと突き刺さった。

 頭部を庇った腕は爆ぜる様に裂けて、両足は跳躍した瞬間砕けていた。

「無茶をする」

 光竜が呆れた声音でそう言う僅かな間に、ジルの損傷は復元された。

 精霊による治療では無い。転生体が持つ復元能力による修復である。

 もっとも、この速度で損傷を復元出来る転生体はジルだけであるが。

「転生体はそう簡単に死なない様に造られてるの」

 手足を動かして修復を確認するジルに、光竜は今回八人死んだけどねと突っ込み、ジルはまだ七人でしょと涼しい顔をして補足した。

「うん、ここは安全」

 岩の塊も植物の根も襲って来ない事を確認して、ジルは満足気に胸を張る。

 そしておもむろに床を踏み抜いた。右足は砕けた。

「乱暴だな」

 六階層に降りたジルは修復した足で五階層を目指す。

 幾重にも行く手を阻む隔壁は光竜が溶かした。

 ただの金属だったなら最初から光竜に頼めば良かったと不満気に言うジルに、光竜は無言を以って答えとした。

 何の問題も無く五階層へと辿り着く。

 行く手を阻むのは隔壁のみで罠の類が何も無かった事にジルは肩透かしを食らった気分だった。

 五階層には青黒い魔法具が低い音を立てながら稼働していた。

 魔法具の前面が赤く発光しているのを確認したジルは、その上部の蓋を開けて懐から取り出した結晶石を幾つか放り込んだ。

『日頃よりタナカ式数値化概念魔法の御利用誠に有り難う御座います。結晶石の補充を確認致しました。再構成を開始致します』

 魔法具が発した音声に、ジルは目を点にして固まった。

『再構成中……再構成中……再構成が完了致しました。タナカ式数値化概念魔法の推定有効期限が約二百十三年延長されました。推奨される次回補充時期は約二百五十年後です。数値化された人材で明るい未来を目指そう、タナカ式数値化概念魔法は御客様の明日に利便性を提供致します』

 ジルが停止した思考を再稼働させるまでの間、五階層は魔法具の漏らす低い稼働音のみが響いていた。

「……本当に喋るのかこいつ」

 ジルの溜息の様な呟きに、光竜は資料に書いてあっただろうと平坦な声音で応えた。

 ジルは驚きのあまりしばし硬直していたが、それは未知の魔法具でありそれ以上の何でもないと思い直し、魔法具に背を向けた。

 次は生き残りの回収かと問う光竜に、ジルはエルダ=サウラの方が先だと即答した。

 窓から地上を見下ろすジルの視界映るのは廃墟が水没したかの様な光景である。

[私は何だ?私は何だ?私は何だ?私は――]

 その声は旧エルダを訪れた時からずっと聞こえていた。

 脳内に直接届くその声は常人であれば一日も掛からず発狂する為、魔法具の保守作業は専用の兜を装備した森の人にしか出来なかった。

 ジルは邪魔だからと言う理由で最初からその兜を被っていなかったが、それはジルの図太く強靭な精神が演算スライムの呪詛の如き呟きを無視する事が可能であったからである。

 無視する事は出来るが、それでも煩い物は煩い。

 ならば止めてしまおう、と言うのがジルの辿り着いた結論であった。

 生き残りはこの呟きに精神を殺されているのだろうから、見殺しにすると言う選択肢しかなかった。

 ジルは海の様に広がる流動体を塔からじっくりと観察した。

 廃墟に降り積もる様に大小様々な金属片が沈殿しており、時折不規則に震える流動体に同調して廃墟全体が揺れて見えた。

 ジルの周囲に静かに精霊が顕現する。

 その形状は通常の精霊とは大きく掛け離れていた。

 真球である筈の本体は無残に捻じれ、翅は虫に食われたかの様にボロボロだった。

 顕現した精霊は悲鳴の様に魔力を撒き散らして、塵状に分解された。

 それらの魔力は旧エルダ全体を包み込む様に拡散し、数分で虚空に溶け込む様に消えた。

「案外すぐ傍だった」

 ジルの声は塔の五階層から地上へと落ちた。

 声を先導する様に落下したジルは、勢い良く流動体へと突き刺さり、その両足を没した石畳にゆっくりと着けた。

 ジルの体表が流動体に溶かされていたが、ジルの修復速度はそれを上回っていた。

 絶えず修復されるジルの眼球は、周囲の建造物とは明らかに材質の異なる、灰色の丸い物を映していた。

 それは演算スライムの核である。

 演算スライムがその核を自身以外の存在に認識させたのは、それが初めてであった。

 その時、ジルは演算スライムを殺す事が可能な状況であった。

 核を破壊すれば、演算スライムは質量が膨大ではあるが普遍的な不定形種となり、二度と演算スライムとなることは無くなる。

 数秒の間核を見詰めていたジルは、薄く笑うと懐から結晶石を取り出した。

 それは魔法具へ補給する結晶石の予備であり、エルフに持ち帰らなくてはならない物であったが、ジルは結晶石を躊躇無くばら撒いた。

 結晶石が流動体の中をゆったりと漂う様子を確認したジルは、両足をゆっくりと曲げて、爆発する様に跳躍した。

 流動体の粘性は一度沈めば人族には脱出不可能な程高かったが、ジルの跳躍は人族の限界等遥か彼方に置き捨てていた。

 ジルは塔よりも遥か高く飛び上がり、旧エルダを見下ろした。

 砕けた両足の修復は空中で完了していた。

 他方、下方。

 ジルが置き捨てた衝撃波は結晶石を損壊させ、結晶石は爆発した。

 爆発の衝撃は流動体の中に留まり、外に漏れる事は無かった。

 しかし、流動体の中にあった物は爆発の衝撃に晒される事になる。

 流動体によって減衰されてはいたが、それでも衝撃は演算スライムの核を襲い、その外殻に僅かな傷を付けた。

 それはジルの思惑通りの結果であったが、それによって引き起こされた現象はジルの期待を大きく上回っていた。

 そもそも、ジルは演算スライムにとってその核がどれほど重要なのかを正しく理解していない。

 ジルは独り言が煩い演算スライムを一発殴ってやろうと考えて、殴れる部位を探しただけに過ぎない。

 同時に演算スライムがその機能を停止させている理由も理解していないし、気にもしていない。

 演算スライムの本質は不定形種であり、不定形種は下等魔物である。

 下等な魔物が分不相応な思考能力を身に着けた状態で、己の存在を定義する等と身の程を弁えない思考をした為に起きたのが千年以上に及ぶ機能停止であった。

 正常な思考が浮き上がる事を許さない程の思考障害を発生させた演算スライムが、その思考を正常化させる方法は一つしか無かった。

 異常な思考を本能的な思考によって抑圧する事が唯一の解決方法であった。

 長く生き過ぎた為に、揺さぶられる事の無くなっていた本能。

 生存本能を刺激する行為。

 演算スライムを演算スライムとして成立させる最も重要な部位、本来不定形種が所有しない核を害する行為。

 核を護ると言う演算スライムしか持たない特殊な本能が、己の存在を定義する思考を保留させた。

 保留すると同時に、その思考を危険と判断した演算スライムの本能は、その思考を認識する事を放棄した。

 核の傍に異相空間へと繋がる小さな穴が開き、凄まじい勢いで薄青色の流動体が収容されて行く。

 大量の流動体を収容する為に、穴はその直系を五メートル程まで広げた。

 流動体はついでとばかりに沈殿していた金属類を異相空間へと運び、その過程で流動体の中に潜んでジルを狙っていた岩の塊も異相空間へと引きずり込んだ。

「うわあ……。水竜より哀れな……」

 光竜のどん引きした声音を唯一聞けるジルは、自身が石畳に墜落する音でそれを聞き逃した。

[久しぶりだね]

 着地の衝撃で下半身が潰れたジルに、エルダ=サウラの姿を取り戻した演算スライムは反響話法を照射した。

 演算スライムの演算能力はその一部を数値化魔法に利用されたままだったが、己を定義する事を抑制した演算スライムにそれを感知する術は無い。

「取り敢えず、もう一発殴らせろ」

 ジルは獰猛な笑みを浮かべて、そう言った。

序章Gに連なる話は完結。序章Hに続きます。

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