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序章G

 帝国の歴史で初となる女帝となったエダは執務室で溜息を吐いた。

 よもや自分が皇帝になるとは思っていなかったが、皇帝の仕事がここまで地味だとも思っていなかった。

 その一方でそれは違うのだと言う事もエダは理解している。

 本来であればこの地味で終わりの無い書類との格闘に加え、国内外に対する様々な謀略を巡らすのが皇帝の仕事なのだと、しっかりと理解している。

 その点自身が傀儡である事は幸福だとも思っている。

 自身は手続きを速やかに承認するだけの、広域傭兵組合の窓口係の様な仕事だけをしていればいいのだから。

 面倒な思考はギナギ技師が肩代わりするのだから。

 エダの背後には巨大な装置が低い音を立てながら稼働している。

 装置からは無数の管が伸び、他の装置を経由しながら最終的にエダへと連結していた。

 それはギナギ技師の造った延命装置だ。

 古来の魔法とも精霊魔法とも異なる技術。エダの兄であるカイン技師が発展させた技術でその装置は動いている。

 傀儡女帝の周囲に控えているのはアルキ技師の遺物とも言える自動人形達だけだ。

 見た目はかわいらしいが下等兵では足元にも及ばない戦闘能力を持っている。

 一つ難点を挙げるとしたら、アルキ技師が設定した名前で呼ばないと指示を受け付けないと言う事だろうか。

 天才であり変態でもあった技師は妙な所に拘る事で有名であった。

 自動人形を使うのはギナギ技師の指示である。

 皇帝と謁見する者が事実上存在しないこの状態が維持されれば延命装置の事は露見しないだろうと、身体の殆どが金属製の装置に置き換わったギナギ技師は言った。

 精霊被曝症を隠匿する決定は先代が行っていた関係で、異常な寿命が精霊被曝症の結果だと言う事は帝国民に認知されていない。

 その結果、先帝が異常な長寿だった事に由来して、帝国民の感情では長寿である者が支持され易い。

 同時に、技師は畏怖されるが尊敬はされない存在である。

 帝国の頂きに技師風情が居座るよりも、少数民族が納まった方がまだ納得が出来る。

 なんとも浅はかな考え方だとエダは思う。

 黙々と仕事をしていると、執務室の重厚な扉が開いて二人の客人が入って来た。

「皇帝、今日も変わりない様で」

 ギナギ技師の社交辞令に、エダは視線も向けずに生返事で応える。

 自動人形しかいないのだから体裁を保つ必要も無いのに無駄な事だとエダは思っている。

「相変わらず仕事熱心ですね」

 それ以外する事が無いからなと溜息交じりに言って、エダはギナギ技師に視線を向ける。

 金属光沢を放つ顔面に瞬きをしない赤い目がそこにはあった。

 傍らに控える赤い服の助手は人族的な外見をしているが、中身はギナギ技師と似た様な物なのだろうとエダは考えている。

「今日は何の用で?」

 書類に印を押す仕事以外なら嬉しいんだけどねと、エダは肩を竦めてそう言った。

「ちょっと相談事がありましてね」

 ギナギ技師に表情は存在しないが、雰囲気で薄く笑った様にエダは感じた。

「傀儡皇帝に相談?身体弄り過ぎて頭壊れたんじゃない?」

 毒を吐くエダには取り合わず、助手が一束の書類を手渡した。

 その書類にエダは簡単に目を通す。

 三百頁に及ぶ書類は一分も掛からずに読破された。

「数値化魔法ね。永在魔法なんて初めて聞く言葉だけど、これによれば精霊魔法もそうって事ね」

 読むのが早いですねとギナギ技師は驚いた声を出し、エダは五年も執務漬けになっていたのだから当たり前だよと自嘲気味に笑った。

「導入した場合軍の整備が楽になる反面、帝国領内に帝国が関与出来ない中継基なる魔法具を建造しなければならない」

 エダの要約にギナギ技師はその通りだと頷く。

「個人的には危険度を利益が凌駕すると思うけどね」

 能力の面では隠し事が出来なくなるのは大きいと、エダは机に書類を投げ出してそう締め括った。

 それは冷静に考えれば誰でも分かる事だとエダは思う。

「…やはりそう言った意見か」

 ギナギ技師は、納得した様でありながら不安そうな声を漏らした。

 何か不安でもあるのかと言うエダの問い掛けに、ギナギ技師は数値化も明文化も出来ないとだけ言うと去って行った。

 赤い服の助手が恭しく一礼してその後に付き従う。

 重厚な執務室の扉が閉じるのを見届けてから、エダは再び書類を手にした。

 先程の倍程の時間を掛けて書類を読み直したエダは最後の頁の署名を一瞥して、周囲の自動人形達に視線を巡らせた。

「…理論考案者タナカ技師」

 黒を基調に華美にならない程度の装飾を施された衣装を見て、独り得心した。

 タナカ技師。

 アルキ技師と親交の深かった技師であり、自動人形の標準衣装を考案した技師であり、先帝の死後帝国の庇護下から離脱した技師であり、アルキ技師と比肩する変態技師でもある。

 技師になるまでの経歴が不明な、ありとあらゆる面で胡散臭い技師である。

 不安に思うのも仕方ないなと、エダは自動人形達に呟いた。

 名前を呼ばれていない自動人形達はその言葉に一切反応しなかった。

 傀儡皇帝は淡々と書類に目を通して承認印を押す仕事に戻る。

 エダの承認により魔法具の建造が開始されたのは翌年の事である。

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