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鉱山、拷問

 ――リダダガマスボの亜金属活用術より一部抜粋

 前章で説明した各種基本金属の中には、魔力を帯びる事で異なる性質を有する物がある。

 代表的な物は銀であり、魔力を多く含む銀はミスリル銀として古来より知られている。

 ミスリル銀と銀の大きな違いは魔力伝導率にあり、ミスリル銀は魔力を殆ど損失する事無く伝える特性がある。

 同様に銅に魔力を含ませた物は古来よりオリハルコンとして知られる。

 オリハルコンは銅、及びその化合物とは比べ物にならない程の変質耐性を誇り、魔法は当然として非魔法性の腐蝕にも高い耐性を示す。

 そしてアダマンタイトは炭素含有量の多い鉄に魔力を含ませた物であり、鉄を同一金属として一括りに認識していた時代には天然物しか入手方法の無い金属であった。

 アダマンタイトの硬度は鋼鉄よりも遥かに高く、その為加工は困難を伴う。

 これらの魔力を含んだ金属を総合して亜金属と呼ぶ。


 その日も酒場は主に二つの話題で持ちきりだった。

 約千二百年と歴代二番目に長く皇帝の座に君臨していたハル皇帝の崩御と、グラン地方南西の空で目撃された奇妙な飛行物体についてだ。

 どちらも二ヶ月前の話なのにも関わらず、この二つの話題はグラン諸国の住民には関心の高い内容なのだ。

 何故なら、どちらもグラン諸国の保安に関わる話題だからだ。

「遠見の魔法で見た奴が言うには目玉の塊だったとか言う話だ。凶兆の類じゃなかろうか」

「ハル皇帝の後はどうなるんだ?あの皇帝種無しだったんだろ?」

「キャラバンが騒ぐと目玉の塊は空の上で唐突に消えたそうだ」

「皇帝が死ぬ少し前に教会の重武装使節団が帝国に向かったのは皇帝を暗殺する為って噂本当かな?一応ユルに向かったってのが公式発表だけど、何かタイミングが怪しいよな」

「空飛ぶ目玉って、大方爆炎広華の昇天を見間違えたとかだろ?」

「今の帝国は技師連中が中央議会を掌握しているらしいから、技師から皇帝が選出されるかも知れないな」

「誰がなるか分からんが、新皇帝が教会に恭順するかどうかがグラン諸国の未来を左右するな」

「なんでも長さは百メートルとも千メートルとも。まあ、俺が見た訳じゃないし、未だに発見されてない訳だが」

 演算スライムはその喧噪の中で、黙々と酒を喉に流し込んでいた。

 二ヶ月程続けている行為である。

 演算スライムに睡眠は必要無く、その為宿は取っていない。

 夜は酒場で過ごし、日が昇れば仕事へ向かう。

 その酒場にはドワーフも多数存在していた。

 約千二百年前に演算スライムがこの地を巡った頃には土の小人と呼ばれていた者達である。

 ドワーフは総じて背が低く帝国人からは矮小人と揶揄されるが、人族屈指の膂力を誇る戦闘民族でもあり、重戦斧を易々と振り回すその姿は戦鬼とも呼ばれる。

 金属加工に才能を見出す者も多い為、外に出て鍛冶師として生計を得る者も多い。

「おう、サウラ!」

がつんと音を立てて、金属製のマグカップが演算スライムの前に叩き付けられた。

「仕事の後の酒は格別だよな!」

 マグカップに続いてヤナギの厳つい顔が演算スライムの前に現れる。

[味は、正確には理解していない]

 ヤナギはマグカップの酒を一気に煽ると、持っていた大瓶から酒を補充する。

「はは!相変わらずやる事も言う事も良く分からん奴だな!でも俺はそう言う奴は嫌いじゃ無いね!」

 ヤナギの大声は酒場の喧騒に呑まれて紛れた。

 演算スライムは黙々と酒を消費する。

「どうだ、グラン諸国は良い所だろう?」

 喧噪を見回してヤナギがそう言った。

 どこが良い点なのかは演算スライムに皆目見当がつかなかったが、既に相当酔っぱらっているヤナギに演算スライムの反応はあっても無くても同じであった。

「金属の精錬と加工は随一だ。魔法と農業こそ女神の国に負けていたが、女神の国が魔草に呑まれてからはグラン諸国が最も力のある共同体だ――」

 ヤナギが誇らしげに語るのを聞いて、演算スライムは長い間エルダに立ち寄っていない事に思い至った。

 既にエルダを離れてから千年以上の月日が流れているのだ。

 フロイ=サウラが死んでから、フロイ=サウラと一体になってからは千五百年以上。

 演算スライムにとっては一瞬にも等しい短い時間だった。

 フロイ=サウラと共に過ごした七百年が濃密過ぎて、それ以外の時間が希薄に感じた。

 全てを栄養として吸収出来る不定形種の生態上演算スライムは酔う事が出来ないが、楽しそうにグラン諸国の歴史を語るヤナギを見て、酒に酔うのも楽しそうだと、演算スライムはどこかに寂しさを感じながら思った。

「――エルダ神やその従僕たる魔法士フロイ=サウラも凄かったが、いやいや、グラン諸国が誇る天才リダダガマスボだってもっと凄い。広域傭兵管理組合の創始者にして金属学の権威だ。リダダガマスボが土の元に帰ってから九百年経つが、それから今まで金属学で躍進的な発見はないのだから――」

 ヤナギの話は妙に演算スライムの郷愁を誘う。

 目的がある為今はまだグラン諸国を離れる気はないのだが、目的を果たした暁には一度エルダ跡に立ち寄ろうと、演算スライムはそう決意した。

 そのまま数時間ヤナギの話を聞いていると、ヤナギが酔い潰れた。

 その夜最後の意味のある言葉はこのザル野郎めだったが、演算スライムにその意味は分からなかった。

 ただ、このまま放置して去る事も拙いと言う事は分かったので、そのままヤナギの前に座り続ける事を選択した。

 酒場の夜に終わりは無い。

 多少人は減るものの、明け方間際になっても酒豪の多いドワーフ達を中心に喧噪は絶えない。

「おう…。おう」

 空がすっかり明るくなった頃に、ヤナギは弱々しく目を覚ました。

[まだ採掘開始時刻には早い]

 演算スライムのどこか噛み合わない思考を受けて、ヤナギはやっぱりこいつは良く分からねえと弱々しく呟いた。

 その様子を何も感じずに見ていた演算スライムが、その事をヤナギに尋ねようと思ったのはただの気紛れであった。

 演算スライムがグラン諸国を訪れた目的の一つは、金属精錬技術を理解する為である。

 しかし、その技術を独占するオロチ衆もそのオロチ衆の住む街もグラン諸国は極一部の関係者以外からは秘匿していたし、上空からの観測でも発見出来なかった。

 観測に夢中になる余りに高度が下がってしまい、迂闊にも多数の人族に飛ぶ姿を晒してしまうと言う失態も犯した。

 そして外から駄目なら内側からならば或いはと、地上で捜索を始めた演算スライムであったが、未だに何も手掛かりを得られていなかった。

 鉱山に鉱夫として潜り込んだが、情報はまるで集まらない。

 酒場でそれらしき人物が来ないか待ち続ける毎日にも飽きて来て、いっそ手当たり次第に脳を集めて情報収集しようかと考えていた演算スライムであったが、朦朧としたヤナギを見たその瞬間いっそ尋ねてみようと思い至ったのだ。

[オロチ衆の工場と言うのはどこに存在している?]

 演算スライムの反響話法を受けて、ヤナギは苦悶の表情を浮かべた。

 反響話法は二日酔いの頭に照射すると激しい苦痛を伴う。

 この事実を演算スライムが知る事はこの先も無い。

 ヤナギもその苦痛が演算スライムのせいだとは、反響話法の存在と同様に知る事は無い。

 ただそこには耐えられない苦痛があるだけだ。

「…俺等も良く知らんが、四街区のどこかだって噂はあるが…」

 金属関係の技術はグラン諸国にとって非常に重要な事柄であるため、本来であればヤナギもグラン諸国には見られない外見の新人鉱夫には何も答えない。

 何も知らなくても、部外者に情報を漏らしてはいけない。

 グラン諸国出身者には常識とも言える価値観である。

 その存在を知らない者がその存在を隠蔽しようとする。

 上空からの観測期間を含めて、演算スライムが二年掛けて辿り着けなかったその情報は、その様にして十重二十重に隠蔽されていた。

 その常識も酔いによる判断力の低下と激しい苦痛に晒されれば何の意味も無かった。

 更にグラン諸国にとっては不幸な偶然なのだが、ヤナギは噂の域を出ない事柄ではあったが、オロチ衆の情報を持っていた。

[その根拠は存在しているのか?]

 演算スライムは疑問を重ねる。

 ヤナギが眉間に表情が集まってしまうのではないかと危惧する程強く顔を顰める。

 予期せず反響話法は拷問となっていた。

 拷問をする側も拷問される側も気付かないその拷問に、ヤナギはあっさりと陥落している。

「…実際見ない顔のドワーフを見かける事はあるんだ…工芸園の奴等でも無い、鉱夫でも無い、焼けた肌の奴等が、たま、に」

 ヤナギの意識は苦痛に耐えきれず途絶えた。

 それを見た演算スライムは、仕事の時間までもう一眠りするのだろうと判断した。

 実際は拷問の末気絶しただけなのだが、それによってヤナギはこれ以上反響話法に晒されないのは幸運だったのだろう。

 演算スライムは立ち上がるとヤナギを担ぐ。

 有用な情報を教えて貰ったお礼に、職場まで運んで行こうと思ったのだ。

 日が高く昇る頃、陽光の届かない坑道の中でヤナギは青白い顔をして座り込んでいた。

 ヤナギは全く仕事をしていなかったが、演算スライムによって第七坑道内にいる全ての鉱夫は仕事が無かったので問題は無かった。

 それは演算スライムが鉱夫になってからの二ヶ月で日常となった光景である。

 だからこそ毎晩ヤナギは浴びる様に酒を飲めるのである。

 ヤナギの現状は完全な自業自得であり、他の鉱夫が一切同情していないのもそれが簡単に予想出来るからなのである。

 実際ヤナギ以外にも数人、同じ状況の不届き者は居たのだから。

 それもこれも演算スライムにとってはどうでもいい事なので、演算スライムは黙々と採掘を続けるだけだった。

 その日もまた七番坑道は早々に規定量の採掘を終わらせる。

 東十三番鉱山が廃鉱になるのは翌年の事であり、その異様な作業効率とそれを成し遂げたエルダ=サウラの存在は東十三番鉱山の関係者を語り部に延々と語り継がれる事になる。

 そして、エルダ=サウラが周囲の引き留める中あっさり鉱夫を辞めたのは、東十三番鉱山が廃鉱となった年の事であった。

 その事から、語り継がれるエルダ=サウラと言う人物は東十三番鉱山の妖精だとされる。

 人では無いと言う一点においてのみ、それは正しかった。

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