序章F
その道八十年の熟練鉱夫であるヤナギは見惚れていた。
その新人鉱夫の容姿が美しかったから、だけではない。
新人鉱夫が鶴嘴を振るうその動作に一切の無駄が無いからだ。
その軌跡は統一されていない。
軌跡こそ統一されていないが、威力は均一だった。
剥がれ落ちる鉱石片は、目測ではあるが、全て同じ質量である様に見えた。
大陸最大の金属産出量を誇るグラン地方では、採掘に大規模魔法を使用していない。
確かに魔法による採掘は速い。
高位魔法士が集まれば山の一つ程度であれば砂塵へと変える事も可能なのかも知れない。
問題はその後である。
山を砂塵に変える魔法はあっても、砂塵の中から金属を抽出する様な魔法は無い。
その為ある程度の大きさに砕かれた岩、鉱石片から様々な金属を精錬すると言う手法が未だに主流なのである。
精錬方法はドワーフの名門オロチ衆の秘儀なので、ヤナギ達鉱夫には良く分からない。
分かっているのはオロチ衆が求める鉱石片は小さ過ぎず大き過ぎない様にするのが喜ばれると言う事だ。
そして、目安として提示した質量と、目測ではあるが、同じ質量の鉱石片を量産しているのが、ヤナギが見惚れている新人鉱夫であった。
その目安はそれより大きな鉱石片を採掘するのだと教える物だったのだが、ヤナギの知る限りこんな風にその意図が伝わらなかった事は無かった。
「ミタカ家の機工ゴーレムだってあんな作業出来やしないぞ…」
ヤナギがその呟きの方を振り返ると、他の鉱夫もまた作業の手を止めてその新人鉱夫に見惚れていた。
その上、採掘速度は異様の一言だった。
見る見る内に新人鉱夫の背中が遠ざかって行く。
よくよく見れば新人鉱夫はその鶴嘴捌きで鉱石片を後方のトロッコへと放り投げていた。
坑道の外では女衆が運び出される鉱石片を手頃な大きさへと砕く準備をしている筈なのだが、今日はその仕事が無くなるだろうとヤナギは予想していた。
十人で一時間程掛けて一杯にするトロッコを、ヤナギは坑道の外へと送った。
女衆所か、自分達男衆もまた仕事が無いだろうと感じながら。
新人鉱夫はその間脇目も振らず採掘を続ける。
後で名前を聞いておかないとなと、ヤナギが思うのはそんな事だった。
この日東十三番鉱山第七坑道における所定作業は、標準を遥かに上回る作業効率によって所定時間の半分以下にて完了した。
その名前をエルダ=サウラと言う鉱夫の存在は東十三番鉱山において半ば伝説として語り継がれるのだが、演算スライムにとってそれはどうでもいい事だった。