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統治、改称

 水竜。かつて蔦蛇とも呼ばれた存在。

 水の名を冠しているが、その実草竜と呼ぶのが相応しいであろう外見をしている。

 核となる根無草は貯水草から派生した魔草であり、元来多種の植物を支配する事に長けている。

 貯水草から受け継いだ硬化魔法と障壁魔法は堅牢であり、演算スライムの攻撃を受けても死滅してはいなかった。

 死滅こそしなかったが、再生するのに約八百年の時間を必要とはしていた。

 水竜は再生が八割方完了した頃、封印されていた多種の竜を解放した。

 封印と言っても、核を個別に金属製の箱に詰めて地下深くに埋めていただけだったので、解放作業自体は何の苦労も無かった。

 水竜の予定では、解放した四種の竜と共に森の人を滅ぼす筈だったのだが、土竜は自由を求めて去って行き、闇竜と光竜は何を考えているのかも分からないまま好き勝手に振る舞い、火竜と雷竜は自分勝手に暴れて死滅して、風竜は何故か森の人と共生し始めた。

 再生が終わった段階で、水竜を取り巻く世界は八百年前と大差無い物であった。

 そして結局の所、水竜が森の人と争う事は未来永劫に渡って無い。

 水竜は何度も演算スライムの攻撃を受けて、もう人族に手を出す事はしまいと心に誓うからだ。

 誓った所で、演算スライムの攻撃が止む事は無いのだが。

 森が再生する速度を遥かに上回る攻撃が、水竜に降り注ぐ。

 それは火炎の槍であったり、雷撃の霧であったり、暴風の海であったり。

 八百年前に演算スライムに文字通り潰されて、細胞の一片から必死に再生した水竜はただ再生していただけでは無い。

 より強く再生したのだ。

 そしてそれは仇となる。

 演算スライムからすれば何故死滅しないのかが興味の対象になっているのだから。

 それに加えて、普段己の出力を抑えている演算スライムが手加減無く振舞える事に楽しさを見出してしまった、と言うのも水竜の不幸を加速させている。

 その様子をジルは森の人の集落から感知していた。

 感知能力。

 それはジルがかつて精霊魔法を独占していた頃に得意としていた用法でもある。

 独占と言っても、ジルが自覚的に独占していたのは幼少期だけである。

 その為、ジルは精霊魔法を幼少期に何故か使えていた、と言う程度の認識なのだが、その真相はジルが何かを感知する事に長けていたからであった。

 ジルは虫の知らせや第六感と言われるモノが人一倍優れているのだ。

 だが、演算スライムによる水竜の虐待を感知しているのはジルの能力ではない。

「何なのだあれは?凡そ他の生物とは掛け離れている。類似している生物が全く居ないとは言わないが、そのどれからも掛け離れている。強いて言うなら不定形種あたりが辛うじて近いのか?」

 その声は赤根油には聞こえていない。

 演算スライムの反響話法とは全く異なる方式によってその言葉は伝えられていた。

(知らないよ。と言うか、あんたにも分からんのかエルダ=サウラの正体は)

 声の主、光竜に向けてジルは頭の中だけで言葉を返す。

 演算スライムですら感知出来なかった光竜を感知出来る存在は、現状ジルと他種の竜のみだった。

 その他種の竜も数を二つ減らしていたが。

 使気竜を開発したとされる喜多方と言う人物ですら、発生したのかしなかったのかが判然としなかったのが光竜である。

 ジルも偏在するその存在を感知こそ出来ていたが、果たしてそれがどこに居るのか、或いはどこに居ないのかは判然としていなかった。

 それ程訳の分からない光竜でも、エルダ=サウラの正体について分からないと言う事がジルの驚愕を誘った。

 驚愕するだけで、そこから何か別の感情なり行動なりに発展する事が無いのが今のジルが持つ人間性なので、それはそれとして即座に受け入れる。

「ああ、本当に分からん。我の創造主も若干この世の理から掛け離れていたが、あれは完全に逸脱している。幸い我には気付いていない様だが」

 ジルの視界には森が再生する事も許さない程の苛烈な攻撃が映っている。

 直接見ているのでは無い。

 光竜が光を操作して眼球の表面に再現したその光景をジルは見ているのである。

 ただ見ているだけで演算スライムの正体が分かる訳でも無く、ジルは最早視界の煩雑さに辟易していた。

「森の集落を導くなんて大役、務まるのだろうか…」

 ついでに鬱に浸る赤根油にも辟易していた。

「我の創造主とは種族が異なる様だ。そうで無くともそんな軟弱者等捨てておけ」

「老人会に任せておいた方が、良かったのかも知れない」

 煩い奴等を無視して、ジルは黙々と死体処理を続けていた。

 処理と言っても精霊に骨も残らぬ程燃やして貰うだけなのだが。

 その後は焦げた床の補修だろうかと、ジルはそんな事を考える。

「我が誤魔化しておこうか?」

「なあ、ジル。お前はどう思うんだ?」

 同時に喋るな、煩い。

 そう一言吐き捨てたい所だが、吐き捨てた所で赤根油に光竜の声は聞こえておらず、光竜の性格が変わる訳でも無いと、ジルはある種の悟りを開く。

「好きにすれば?」

 一々自分に話すなと、そんな思いを込めて。

 そんな一言に光竜は即座に床面を誤魔化し、一方で赤根油が色々振り切って開き直るのは二年先の話である。

 きっとしばらくはこの軟弱者の指導者を傀儡にして自分がこの集落を統治するのだろうと、ジルはそんな事を予想していた。

 それでも、宵闇盗賊団に隷属していた時代や老人会に良い様に使われていた時代よりマシなのだろうと思った。

 それに若干の疑問を抱いて、そう思いたいと、思い直した。

 ジルが自分に人を見る目が無い事を心底恨みながら、それでも明日の方が今日よりはマシなのだと、そう言い聞かせる事に着地する頃には光竜の見せる水竜の不幸は収拾していた。

 動かなくなった水竜の核を演算スライムは感知出来ずにいた。

 水竜の現状は動かないと言うよりは動けないと言うのが正しい表現だ。

 細胞の一片になるまで破壊された核はしかしながら細胞の一片は残していた。

「あれはまた強く蘇るだろうな。しぶとい奴だ」

 光竜が感慨深くそう言った。

 ジルはエルダ=サウラが化け物なのは十分に認識していたが、エルダ=サウラが化け物を創り出しているのでもあるのだろうと、自身の事を顧みてそんな事を思った。

 もうすっかりジルは化け物なのである。

 しかしそんなエルダ=サウラも、光竜を認識できなかったり死に掛けの水竜の存在を認識出来なかったりするのだと言う事は、ジルにとってはある種の救いでもあった。

 何事にも限界はあるのだ。

 いつか、エルダ=サウラと敵対する事があるとしても、きっと一筋の希望くらいはあるのだろう、と。

「間違っても敵対しない事が最善よね」

 取り留めの無い思考を自分自身で添削する。

 その瞳に映るエルダ=サウラは森の人の集落から遠ざかって行った。

 落ちて来た時と同様の、奇怪な形状に変化して空へと消えた。

 目玉の集合体としか言い様の無いその形状を見て、ジルは気持ち悪いと小さく呟いた。

「気持ち悪いか…そうか…死ぬか…」

 赤根油がそれを聞いて沈み込む。

 まだ沈み込む余地があったのかと逆に感心しながら、ジルは適当に赤根油を慰める。

「あー、新統治者さん?そろそろ皆の前に行かない?若造賢者様辺りがお膳立てしてくれてるから、居るだけでちやほやされて気分良くなるんじゃないかな?」

 擬装した笑顔から紡がれるそれは、完全に他人任せであった。

 因みに、鬱病患者に見られる思考回路の一つに自分で決める事が出来ないと言う物がある。

 赤根油はジルの言葉に対してそれもいいかもねと呟く。

 光竜が軟弱にも程があるなと感想を漏らした。

 ほぼ反射の様な情動ではあったが、ジルはそれを良い傾向と見て更に言葉を重ねる。

「あー、んでもってさ、森の集落の新しい名前付けたりとかどうよ?ほら、帝都も皇帝が変わると名前変えるじゃん?」

 そのジルの言葉に対しても、赤根油はそれいいかもねと呟いた。

 そしてもう一言呟く。

「ジルが考えてよ。新しい名前」

 ジルに張り付いた作り物の笑顔が凍り付く。

(光竜!考えて!)

 そんな無茶振りに対して、光竜は慌てず騒がず一つの提案をした。

「エルフ。と言うのはどうだろうか?我の創造主は森の人をそう呼んでいた」

「エルフってのはどう?古い言葉で森の人って意味だとか」

 意見は右から左へと流れた。

 赤根油はそれに対してもいいかもねと呟くだけだったが。

 その後、紆余曲折あって統治者側の一員となったジルは、晩年その時の事を振り返ってこう呟いたとか呟かなかったとか。

「まさかあの名前、そのまま採用されるとは思わなかった」

 その名前が定着するのは、二千年程先の事であった。

序章Eに連なる話は完結。序章Fに続きます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 使気竜の開発者の喜多方という人は無類の喜多方ラーメン好きだったのでしょう。
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