滑空、葛藤
――魔術開書より抜粋
魔術には属性があるとされている。
一般的に火/水/土/風/雷の五つだが、本書ではここに幻と言う区分を追加する。
幻はこれまで火か雷に属するとされて来た灯りを発生させる魔法や、分類不明とされて来た姿を隠したり偽ったりする魔法、更には治癒魔法がこれに分類されると推定する。
更に、これは本章において一番重要な仮説なのだが、これらの五つ(幻を含めて六つ)の属性は魔力自体には存在しないと考えている。
これらは魔法を行使する人族全体が具体的に想像しやすい区分である為に便宜上存在している区分であると本書では定義する。
例えば人族以外の生物が使う魔法の多くはこの区分に囚われない物が多い。
そして汎用魔法では無い魔法もこれらの区分に囚われない物が多い。
要するに魔法を上手く扱うコツはいかにして具体的な想像力を働かせるかと言う一点に集約される。
その証拠として、私が魔法士団に在籍していた際、一度実演する事によって修練の効果が上がったと言う事例がある。
筆者が陣頭指揮をした通商街道沿いの草原狼討伐作戦では、大規模な上位水魔法である広域凍結を行使したが、その後作戦に参加していた魔法士は皆水魔法が上達した。
これらの事から、魔法とは常に想像力に左右される物であると本書においては定義する。
演算スライムは上空二万キロメートル程の場所を滑空していた。
演算スライムがとった形状は非常に奇妙な物であった。
全長二十メートル程の一直線の身体を主体として、左右に十対の羽ばたかない翼が生えていた。
演算スライムはこの形状をカインが書いた図から再現した。
それはカインが考案した魔力を用いずに空を飛ぶ機構である。
吹雪に包まれた山では使用出来ない上に、崖等の高所から飛び降りた状況でないと利用出来ない仕組みだったが、魔法を一切使わない事が特徴的でもあった。
演算スライムはカインが帝国でこの技術を完成させる事を期待していたのだが、カインの死後もこの特異な形状の人造物が帝国の空を舞う事は無かった。
カインの死後二十年程経過した時点で、この技術は当面完成する事は無いと演算スライムは判断していた。
因みに、周囲に崖等が無いどころか地表から相当離れた場所を滑空している演算スライムだが、それは魔法で上空に跳び上がってから滑空を始めた為である。
魔法を使わない機構と言う事に執着してその形状を考案したカインからすれば、反則とも言われかねない合わせ技であった。
滑空する演算スライムは螺旋を描く様に緩やかに右旋回しながら広範囲を観測した。
異質な存在が何なのか、それを知るためである。
そもそもの発端は、八百年程前の記憶にあった。
当時成り行きで広域傭兵管理組合に登録をした演算スライムは、人族では個人で討伐し得ない高評価値の害獣や魔獣を独り気紛れに狩っていた。
その中に蔦蛇と呼ばれていた特殊な魔物があったのだ。
無数の蔦が絡み合って蛇の様な形状を取るその魔物は、大規模な火魔法で焼き払うくらいしか対処法が確立されていなかった。
それでも焼き払ってからしばらく経つと復活する。
それを当時の演算スライムはあっさりと討伐している。
自身の膨大な魔力に物を言わせて押し潰したのだ。
結果二十キロ四方に渡って地形は変容した。
魔力で押し固めた空気を落とすと言う簡単な手法だったのだが規模も威力も常軌を逸していた、と当時の記録には残っている。
これが当時ユルの傭兵組合において破壊神と呼ばれた由縁であったが、演算スライムには今一その認識は無い。
演算スライムにとってそれは魔法の大規模行使に関する実験のついでしかなく、大規模魔法に対する興味自体はフロイ=サウラの影響であった。
その為に蔦蛇と呼ばれる特殊な魔物は演算スライムの興味を惹く事は無かった。
だが、それから八百年程経ったある日、その蔦蛇に類似した存在が演算スライムの知覚域で連続して発生した。
それはその瞬間生まれたと言うより、隠されていた存在が露見した様な、死んでいた存在が生き返った様な、そんな不自然な発生の仕方だった。
その現象が起きたのは全て帝国領と隣接した森の人が統治する地域であった。
演算スライムはこれまで三度しかそれらの地域を訪れていない。
三度しか訪れた事の無い地域なのだが、その三度で目に見えた変化が無かった事と、部外者が異様に警戒されて行動し辛い事が演算スライムを倦厭させた。
森の人は長命な為個体もそうそう入れ替わらない。閉鎖的なので技術革新も望め無い。そこに居ても楽しくない。
演算スライムにとっては非常に退屈な地域なのである。
森の人が停滞しているのは技術でも個体の能力も他の人族を圧倒しているためだと推測していた演算スライムは、カインと言う逸材を帝国に引き合わせる事でどうにか変化して欲しいと願っていた。
結果的に帝国とは停戦してはいたが、水面下では帝国に対して軍事的優位に立つ為の試行錯誤を繰り返しているだろうと、演算スライムはそう予測していた。
演算スライムの試算ではその試行錯誤の結果が出るのは約五千年先と算出されており、それまでの間は注目に値しない存在と認識していた。
そしてその放置していた地域に別の興味が湧いてしまったと言う訳だ。
それでも積極的に観測しに出向くのは倦厭した演算スライムは、遠くから様子だけ伺ってみようと考えた。
その手法として採用されたのが空からの観察であり、実用化されなかったカインの技術を検証するついででもあった。
そんな経緯を経て、森の人が統治する地域の上空で演算スライムは螺旋を描きながら滑空していた。
とりあえずと区切った時間は半年。
高度が七千メートル程まで落ちると再度二万メートル程まで上昇するので、地上に降りる事は無い。
下降中は全く魔力を消費しない為、非常に魔力効率が高い飛行方法であった。
観測から半年の間洗練され続けた滑空技術によって、演算スライムの試算では無補給で後二年は観測を続けられると算出した。
もっともそれは滑空の最適化がこれ以上行われない場合の試算であって、その滑空の効率化は半年経った時点でも停滞の兆しを見せていない。
滑空技術の最適化が進むのとは裏腹に、演算スライムの行動は停滞した。
当初蔦蛇に似た存在は五つあり、活動的な存在はその内の二つだった。
活動的でない存在の内一つは反応が小さ過ぎて二ヶ月目に見失い、二つは三ヶ月程目立った動きが無かった事からほぼ興味を失った。
その時点でまだ、それらの正体は不明のままであった。
では活動的な二つのどちらを直接見に行くのか。
演算スライムはその事を決められずに半年を滑空して過ごしていたのだ。
興味や好奇心の基準ではその二つに優劣を付ける事は出来ず、かと言って他に判断可能な情報も無い。
加えて滑空の最適化が楽しいと言う別の基準が発生してしまい、演算スライムは次の行動を確定出来ずに堂々巡りを繰り返した。
大体の事柄は試算すれば回答が算出され、それが困難な場合は興味が有るか無いかで行動して来た演算スライムにとって、この状況は初めて体験する物であった。
それは人族が葛藤と呼ぶ感情であった。
演算スライムは葛藤の末に、別の事に手を付けた。
観測技術の最適化である。
それは例えるならば、やらなければならない課題がある時に部屋の掃除がひたすら捗る現象と酷似していた。
演算スライムはその演算能力で僅かな情報からでも元の情報を復元する事が可能である。
本来ならば気の遠くなる様な作業を、超絶的な情報処理能力の力押しで無理矢理解決するのである。
でも、それでは進歩が無いと、それでは倦厭している森の人と同じではないかと、演算スライムはそうやって観測能力の底上げに力を注ぐ事になる。
観測能力が向上すれば接近して観察しなくてもその正体が分かるだろうと言う理屈もあった。
結局そこからまた半年を掛けて、それまでは体表全体で漫然と観測していた観測手法を改善した。
魔力と熱と光線をそれぞれに特化した器官で感受する事と、その器官を多数有する事で精度を上げる事が成果である。
その結果、高度二万メートルの地点であっても人族が目の前の物を見ているのと同じ精度で観測をする事が可能となった。
観測器官の外観は人族の眼球を真似た。
びっしりと眼球が埋まった全長二十メートルの飛行物体と言う、非常に禍々しい外観の物体がこの様にして完成してしまった。
演算スライムに人族基準の美的裁量を求めるのは酷な話ではある。
そこが爆炎広華の成熟体が時折通り過ぎる以外は生物が存在しない高高度である事がせめてもの救いである。
その状況で、結局演算スライムはまた葛藤に苛まれるのである。
その程度の改善で蔦蛇に似た何かが何であるかが分かるのであれば、最初の半年の間に回答に辿り着いているのだから。
先送りにした決断は観測開始から一年経過しても尚、決断出来なかったのである。
結果から言うならば、決断には外的要因が必要であり、それが得られるのは観測を始めてから一年二ヶ月経った時の事であった。