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山頂、禁書

 何をされたかも分からないまま、最後の雪吐きが雪上に倒れた。

 僅か七体の小規模な群れとは言え、殲滅までに掛かった時間は一時間程である。

 白布を用いて雪に隠れていた人々がわらわらと起き上がる。

 その数僅か四人。

 彼らは皆、魔力を感受出来ないスラグの民である。

 手にしているのはカインが設計した弓。

「とっとと皮剥ぐぞ」

 五年前であれば群れからはぐれた単体を狙って、それでも時折死傷者を出していた獲物が七体。

 しかし、彼らに大きな獲物を仕留めた高揚は無い。

「あー、皮剥ぎナイフ研いで来るの忘れた」

 雪吐きの皮を使った鎧に身を包んだ四人は、腕に装着していた弓を背中に背負うと、だらだらと皮を剥ぐ作業に入った。

 その弓もまた雪吐きの皮を用いた物で、カインが威力と小型化の両方を追求して設計した物である。

 専用の小手と一揃いになっていて、手を開閉させる事で矢を射る事が可能な物だ。

 弦の張りを強力にした為、梃の原理を用いて矢を装填する仕組みを採用している。

 その構造は連射が効かないのが欠点でもあるが、一度に二本まで矢を装填可能にした上で両手に装着する事で最大四連射が可能である。

 雪吐きを楽に狩れる様になったのは、雪吐き由来の素材を使った装備の恩恵である。

 最初の装備を使って楽に雪吐きを狩り、狩った雪吐きから新たな装備を作る。

 この繰り返しで生活は加速度的に楽になる。

「七体ってのが半端だよな。倍は欲しいってのに」

 軽口を叩きながら心では狩の成果を喜ぶ四人から二キロ程山を登った場所で、演算スライムは雪吐きの残骸に囲まれていた。

 体積では十体分程の残骸は、元は二十五体の雪吐きだった。

 四人が狩った雪吐きは演算スライムから逃げたこの群れの個体である。

 カインが足を失ってから五年。

 演算スライムはカインの発明から他の事柄へと興味を向けていた。

 雪吐きの残骸には興味を示さず、更に山頂へと進む。

 四人の居た場所は雪吐きの縄張りの外縁だったが、演算スライムは一時間も掛からずに縄張りの中心部付近へと移動した。

 出迎えるのは雪吐きの群れ。

 全て成体で数は三十。

 演算スライムの行く手を面で塞ぐそれらの個体は、各々の口を演算スライムへと向ける。

 吹雪は人を切り裂かないが、例えるならそれは吹雪と呼ぶべきなのであろう。

 少なくとも、スラグの民が言う所の吹雪とは、激しくなれば五体をバラバラに切り裂かれる猛威である。

(魔力で構成された雪を、魔力で構成された風に乗せた物)

 そんな吹雪を無傷で受けながら、演算スライムは吹雪自体を分析する。

(この山に充満する魔力を利用した物か。細い風の断片と雪が物体を切り裂いている。魔力を帯びた雪の中に隠れられれば防げるから、この山では雪に潜る種が多いのか)

 この山の生物は全てこの山の環境に適応した結果だが、演算スライムには一つだけそこに及ぶ過程の読めない異質な存在が気になっていた。

 それはこの山の雪である。

 雪吐きはその雪を効率良く利用しているだけであり、異常なのは雪そのもの。

 自然の摂理が無い、魔法で作られた雪である。

 邪魔な雪吐きは演算スライムの振るった魔法で全滅した。

 辺り一帯に飛び散った肉片を踏み越えて、演算スライムは山頂を目指す。

 更に一時間程登ると、雪吐きの妨害が無くなった。

 雪吐きの縄張りを抜けたのである。

 演算スライムはその境界線を行ったり来たりして、心の中で満面の笑みを浮かべた。

 境界線。それは魔法壁であった。

 山頂を覆う魔法壁。

 その内縁の赤茶けた地面には幾何学模様が刻まれている。

 その模様は雪にも植物にも侵される事は無く、演算スライムが試算した結果向こう七千年程はその形状を維持すると算出された。

 山頂一帯は無風で百度を超える異常な高温の空気に覆われている。

 雪も、植物も、存在を許されない高温。

 火口から溢れ返らんとするその溶岩から推定されるのは、この山が活火山であると言う事。

 雪への興味から辿り着いたこの異様な光景を、演算スライムは珍しい玩具を手に入れた子供の様な心境で見回していた。

 一時間程辺りを探索して、演算スライムは山を下りる事にした。

 境界線を潜るとそこは極寒の地である。

 環境の変化に対して高い耐性を持つ不定形種ですら、個体によっては死滅しかねないその温度差に対して、演算スライムは殆どダメージを負う事は無かった。

 登りとは異なり雪吐きからの襲撃は無い。

 雪吐きが演算スライムに対して敵対するより逃亡する事を選択したからだ。

 一時間半程で集落へと戻った演算スライムは、集落の魔法壁を越える。

 魔法壁の造りは山頂のそれと酷似している。

 反響話法が通じない住人達を悉く無視して、演算スライムは集落の中央へと向かう。

 目当ての人族、反響話法が通用するその人族へと、尋ねたい事柄がある旨を伝える為に。

「おお、恩人、帰って来たのか」

 集落の中央に存在する住居の中で、肉削樹木を用いた義足で立つカインが、慣れたとは言えまだぎこちない動きで身体ごと振り返った。

「聞きたい事とは何だい?」

 演算スライムは、疑問を反響話法に乗せてカインへとぶつける。

[雪避け石の、根源は何だ?]

「根源?」

[根源、思いつく為の根源]

「んん?それは何を参考にしたとか、何から発想を得たとか、そんな意味かい?」

[肯定。前者が近似]

 カインは少しだけ悩む。命の恩人であるその人へ、これを教えて良い物かどうかと。

 その悩みとは別に、驚いてもいた。

 先に顔に出て言葉になったのは驚きの方である。

「むしろどうして分かったんだい?雪避け石を僕が完全創作したのでは無い事に」

[秘密]

 カインは深々と溜息を吐き、顔を顰める。

 それはあまりにも図々しいと。

 自分にだけ全てを話させようとして、そう言った当の本人は何も喋ろうとはしない。

 そもそも貴方は人族なのかとそう聞きたいカインであったが、そこは一先ず呑み込む。

 その得体の知れない存在に命を救われたのは事実であるから。

 エダとゲルヌはカインの足を治療しなかった事を不満に思っていたが、カイン自身は自らの奢りに対する戒めとして受け入れていた。

 実際の所、演算スライムの思惑はカインの貴重な頭脳を不用意に失わない為に、無謀な行動を抑制する目的でその足を失わせたのであり、カインの考えもそれ程間違ってはいなかった。

 カインの為を思っての事か自分の為の事かと言う、埋める方法の存在しない大きな溝が両者の認識の間に横たわっていたが。

 自分に対するその戒めはスラグの集落を護る為と言うカインの認識が、その間違った認識が、カインに決断をさせた。

 意を決したカインが重たい口を開く。

「禁書だ」

 カインはゲルヌにこの会話を聞かれやしないかと神経質に当たりの気配を伺っていたが、演算スライムがゲルヌの位置を把握している為、それは無用な心配であった。

「知らぬ方が良い知識。知らせない為の禁書。そうゲルヌが言って――」

[全て、把握した]

「――は?」

 カインの間抜けな声を背中に、演算スライムはその場を去って行った。

「え?ここからが重要な…」

 不満気なカインの声を聞く者は居なかった。

 喋り足りない不満がある一方で、喋らなくて済むと言う安堵も覚えるカインが、ほっとするやら煮え切らないやらその形容しがたい感情を処理するのに多量な時間を必要としたのは、全くの余談である。

 一方で演算スライムは、カインが思っている以上に沢山の事を把握していた。

 それはゲルヌの言葉で全て推測出来る、そんな単純な話なのであった。

 知らぬ方が良い知識。知らせない為の禁書。

 演算スライムが女神等と呼ばれていた時代、その言い回しを何度も聞いていた。

 聞いていたと言っても、言った当人達はそれを演算スライムに聞かれているとは思ってもいなかっただろう。

 女神録補遺。

 そう呼ばれた禁書を指す隠語として、高位司祭達が良く使っていた言い回しであった。

 いずれにしてもそろそろ時期だろうと、そう演算スライムは考えていた。

[その発想、危険]

 精霊が反響話法で語り掛けて来た。

 漏れ出た演算スライムの思考を感じ取ったからだ。

[破壊、決壊、結界、山を抑える]

 警告する様な内容とは反して、精霊からは焦りや恐怖は感じられない。

 教えられるから教える。そう言った感じの酷く緩い善意。

 演算スライムがその事を把握している事を伝えると、精霊は演算スライムから興味を失って去って行く。

 エダの感情を足掛かりに顕現した無数の精霊は、苛烈な魔力を栄養源に五年経過した現在も殆どがこちら側に留まっていた。

 事が進めばその精霊達もいずれ消えて行くのだろうと、演算スライムはそう予測していた。

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