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道具、隔絶

 ――魔術開書より抜粋

 一般的に魔法は黒魔法と白魔法に大別されると教えられる。しかしながらそれは魔法を使う目的に視点を向けた場合の話であり、本書においては黒魔法や白魔法と言う名称は用いない。代わりに本書において魔法は拡散魔法と収斂魔法に大別する。拡散魔法とは術者が自身の魔力を用いて発動する魔法であり、その効果は術者の魔力保有限界に応じた上限が存在する。現在利用される魔法は一部の例外を除いてこの拡散魔法である。一方収斂魔法とは術者が周囲の環境に偏在する魔力を集めて行使する魔法であり、制御が困難な反面環境によっては非常に強力な魔法を発動させる事が可能である。この手法を用いた魔法は私が本書を執筆する時点ではまだ汎用的な物は無いが、魔物や魔獣の中にはこの手法の魔法を使う存在が多数確認されている。


 カインが眼を開くと、エダの泣きそうな顔が見えた。

 エダは大声でカインが気が付いたと叫び、カインは耳が痛いなと思いながら再び意識を手放した。

 駆け付けた治療師のゲルヌはカインを診る前に、カインがカインがと叫ぶエダを宥める事から始めなければなかった。

 結果から言えば、カインは疲労からまた眠っただけであり、危険な状態を脱していた。

 それを聞いたエダが先程までとは違った意味で興奮して手が付けられなくなり、色々面倒になったゲルヌがエダの顎を的確に殴って気絶させた。

「ま、そう言った訳で当の本人とその妹は眠っておる」

 仲良く眠る二人を尻目に悪びれる事無く経緯を説明するゲルヌに、脳震盪を眠りと解釈するものは治癒師としてどうなんだろうと、演算スライムはそんな疑問を抱いた。

「代わりに儂が感謝の言葉を述べさせて頂く。カインを助けて頂いて、ありがとうございます」

 座ったまま深々と頭を下げるゲルヌに、演算スライムは反響話法でカインの状態を尋ねた。尋ねなくとも既に知っている事なのだが。

「不幸な事に、足は、両方とももう無理じゃろう。手は今後の経過次第じゃな」

 ゲルヌの言葉を聞いて、演算スライムは心の中で微笑む。

 良い形で落ち着いた、と。

「いや、命があるだけで幸運なのかの?」

 ゲルヌが悩ましげな顔でそう呟くが、確認したい事を確認した演算スライムはこれ以上その話題に価値を見出さない。

 確認したい事は他にもあるのだから。

 まだ何か言いたそうなゲルヌに配慮する事は無く、一つの要求を反響話法で伝える。

「我々の集落を?面白い物等何も無いが、興味があるのなら自由に見て回って下され」

 ゲルヌに謝意を伝えて、演算スライムは雪吐きの皮で作られた住居を出る。

 一面の銀世界に、太陽が容赦無く光を落していた。

 風は弱く、雪は止んでいる。

 集落の住人達が各々の作業を止めて演算スライムに注目した。

 その周りをエダの激しい感情を足掛かりに発生した無数の精霊が飛び回っていた。

 精霊達は実体に近い存在として顕現していた。

 それは集落を含む山一帯の魔力濃度が異常なまでに高い為で、ある程度魔力を認識出来る者にならば容易にその姿を視認出来る状態であった。

 それでいながら、住人達は精霊を認識していなかった。

 この集落で精霊を認識出来るのはカインとエダとゲルヌの三人だけだと、演算スライムは推測していた。

 この集落の住人は魔力を感受する事が極端に不得手だったのだ。

 この事実は当初の予測を大きく裏切る物でもあった。

 演算スライムがこの山から人族らしき存在を感知した時、そこには膨大な魔力を持つ人族が居ると推測していた。

 この山が帯びている魔力は、その様な存在でなければ生存を許さない程苛烈な物だったからだ。

 しかし、現状演算スライムを見ている人族はその真逆だった。

 魔力を感受する能力が人族の標準を遥かに下回る程低い為に、その苛烈な魔力の中で生存している人族だった。

 集落に接近してその事に気が付いた演算スライムは予想外の状況に困惑したのだが、同時に別の事に酷く興味を抱いた。

 それは集落を取り囲むように配置された石柱と、集落の外を単身で行動する人族が纏う布に対してである。

 一見すると人族が作り出す、文字を用いた魔法具と酷似していたが、その仕組みは全く異なる物だった。

 本来人族が文字を用いて行使する魔法は、ルドアリ平野の草原狼が爪痕を利用して行う方式と同じ原理である。

 それは発動させた魔法を具現化させずに固定する手法であり、人族が発動させた魔法を具現化させずに体内に留め置く事前詠唱と同じ手法でもあった。

 その為標準的な魔法具は使い捨てか、魔法の重ね掛けによって効果を持続させる形式のどちらかであるのだが、石柱や布は全く異なる働きをしていた。

 それ自体が周囲の魔力を収集して勝手に魔法を発動させていたのである。

 カインの纏う布はその魔法を具現化させるためにカイン自身が魔力で発動させる形式になっていたが、カイン自身は全く詠唱を行う必要性は無い。

 そればかりか、石柱に関しては高度な自律性を持ち、詠唱から具現化までを常時維持し続けていた。

 この未知の道具を作成したのがカインである可能性が高いと判断した演算スライムは、雪吐きの群れからカインを救助して治療し、自ら集落まで送り届けたのである。

 その際にカインの足は治療しない事で今後この様な愚行に及べない様にしたのは演算スライムなりの老婆心である。

 その老婆心は正真正銘余計なお世話であるが。

 演算スライムはこの外界から隔絶された系統をなんとかして人族に接触させたいと考えていた。

 その為には集落を護る石柱が邪魔であったが、見れば見る程素晴らしい出来栄えの石柱を破壊する事には躊躇を覚えていた。

 出来るなら自分の手で石柱を破壊したくは無いと考えていたのだ。

 十数秒程石柱を見つめていた演算スライムは、石柱の破壊を一先ず保留にして集落の外に出た。

 石柱が生み出す魔法壁を出た瞬間、猛烈な吹雪が演算スライムを襲う。

 常時吹き荒れるこの吹雪もまた、演算スライムの悩みの種であった。

 例え少人数に絞ったとしても、この吹雪の中を住民に下山させるのは困難であった。

 結局の所、カインが回復するまでは身動きが取れないし、カインが卓越した発想を生み出すのはこの環境に立ち向かう為である事も理解している演算スライムは、この集落を崩壊させると言う選択肢を取れなかった。

 集落消滅の危機はこの様にして一先ずは回避された。

 踵を返して魔法壁を潜り集落内部へと戻った演算スライムは、再びゲルヌの住居へと足を運んだ。

 魔力を感受出来ない他の住人達には、反響話法が通じない為、意思を伝える為にはゲルヌを訪ねる必要があった。

 雪吐きの皮を潜って住居へ入ると、ゲルヌがカインを治療していた。

 標準的な人族に比べれば遥かに小規模な魔法がカインへと注がれていた。

[手は、必要か]

 集中していたゲルヌは気付かなかったが、カインとエダは夢の中でその言葉を聞いた。

 聞いた様な気がした。

 演算スライムが発する膨大な魔力が、ゲルヌの貧弱な魔法を掻き消した。

 ゲルヌが振り返るのと同時に、演算スライムの治癒魔法が発動する。

 本来であれば魔法の影響を受けにくいカインだが、演算スライムは充満する苛烈な濃度の魔力と、自身が内包する人族の基準では無尽蔵に等しい膨大な魔力を存分に使い、カインの指を再生させた。

 それは完全な力技であった。

 有り得ない光景に言葉も出ないゲルヌに、演算スライムはしばらく集落に滞在する意思を伝えた。

「…それは構わぬが、それよりも、貴殿ならば足も治せるのではないか?」

 跡すら残さずに凍傷を治した演算スライムに、ゲルヌは期待を滲ませた視線を向ける。

 しかし、演算スライムの返答は不可能であると言う意思のみだった。

 理由を問うゲルヌに返答もせず、演算スライムは住居を出て行った。

 この時になって初めて、ゲルヌは漠然とした不安を抱いた。

 雪吐きの群れからカインを救い、重度の凍傷を強引に治す。

 その結果はゲルヌにとって喜ばしい物であったが、果たしてそれを行ったモノは何なのであろうかと。

 可能である筈なのに理由も無くカインの足を治療しなかった演算スライムに対する不安には僅かな不信感が含まれていたが、それにこの時のゲルヌは気付く事が出来なかった。

 非常に残念ながら、気付く事が出来なかった。

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