序章C
カインは白い布を被る事で雪の中に自身の存在を紛れ込ませる事に成功していた。
布の切れ込みから垣間見える雪吐きは十体以上。
雪吐きの群れはカインの存在にまだ気が付いていない。
布の下で白い息を吐くカインは白い頬を紅潮させて、赤褐色の石を握りしめていた。
布の内側には幾何学的な模様がびっしりと書き込まれており、カインはそれらの模様に軽く触れてから、意識を手の中の石へと集中させていく。
石が、鈍く輝いた。
「通りし神々よ、降りし神々よ、スラグの民は讃えるだろう。藍の道から七本、貫く者」
詠唱が終わるのと同時に、雪吐きの群れがその口を一斉にカインが潜む方向へと向けた。
カインが集めた魔力に反応したのだ。
群れの長と思しき一番大きな個体が雄叫びをあげる。
雪の中に隠れていた待ち兎が一斉に飛び出して、雪吐きから遠ざかる様に逃げ出した。
雪吐きの群れが一斉に吹雪を吐き出すのと、カインが行使した魔法が発動するのはほぼ同時だった。
魔力を帯びた吹雪が逃げ遅れた待ち兎ごと一帯の雪を巻き上げた。
その光景はまるで雪崩が山頂へと向かって流れる様であった。
衝撃に布の幾何学模様が反応し、防護魔法が幾重にも発動し具現化する。
その幾つかは衝撃に耐えきれずに割れて消えた。
(ちょっとでも複雑になると発動から具現化までに時間がかかるな…)
カインが冷静に状況を分析していると、ようやく最初に発動させた虎の子の攻撃魔法が具現化した。
逆さに流れる雪崩を一本の氷槍が突き破る。
氷槍は一番大きな個体を狙っていたが、紙一重で躱されてしまった。
雪吐きの毛皮の上を滑る様に掠めたその氷槍は、背後に居た小さな個体へと突き刺さる。
雪吐きの群れが殺気立つ。
雪崩の中でその殺気を浴びて、カインは実験が最悪の結末を迎えたらしい事を悟る。
雪吐きが群れの子供を傷付けた相手を許す事は無い。
カインはその殺気を以前にも感じた記憶があった。
その時の殺気は七眼蜘蛛に向けられていた物であったが、今回はカイン自身へと向けられていた。
この時点のカインは氷槍が雪吐きの子供に命中してしまった事を確認していなかったが、そんな事はどうでも良くなるくらいその殺気は苛烈な物だった。
殺気に呼応するかの様に雪吐きの周囲の温度が下がって行く。
残っていた防護魔法が全て破壊された。
血の気の引いた顔のカインは詠唱をしようと息を吸って、激痛に襲われる。
カインの肺は一瞬で凍り付いていた。
気が付くと末端部位の感覚は無く、身体を動かす事も意識を石に集中させる事も出来なくなっていた。
極寒の世界が、容赦なく凍り付く。
(もっと弱い相手で実験すれば良かった)
カインがそんな事を思いながら意識を失う寸前、聞き慣れぬ声を聞いた。
声を聞いた様な気がした。
[その布はとても興味深い。詠唱の代替えとして確かに機能している]
カインは声の主を確認する事無く意識を失った。