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精霊、定着

 演算スライムは、ジルの天恵魔法は未来予知か高度な予測が本質であると推測していた。

 しかし、宵闇盗賊団討伐へと向かうジルを見て、本質は別にあると考え始めていた。

 ジルは演算スライムが見せてもいない隠蔽魔法を使って見せたのである。

 それらの魔法は演算スライムが与えた左腕に起因しない魔法であるにも拘らず、ジルはいつもの台詞を吐き捨てる。

「便利な腕、でも気持ち悪い」

 怨嗟の中に僅かに感嘆と嫌悪を滲ませるジルを見て、演算スライムはジルの天恵魔法の本質はその自律性にあるのだと仮説を修正した。

 その自律性を司る存在が、演算スライムの知覚に補足可能な濃度で顕在していた。

 顕在していると言っても、それは演算スライム基準であり、人族には知覚し得ない濃度ではあるが。

 靄はジルの怨嗟の念に引き寄せられる様にして虚空から湧き出ていた。

 ジルが発する強い感情に呼応する形で、虚空から魔力が生成される様子は何度も観測していたが、靄の様な状態になるのは初めての事だった。

 演算スライムはジルを邪魔しない様に注意深く靄を観測する。

 靄は時折粒状の魔力を四方八方へと飛ばしていた。

 その魔力に実体は全く無く、演算スライムの隠蔽魔法すら貫いて、しかし何にも影響を与えずに拡散して行った。

「居た」

 ジルが呟いたのと、遠方で小さく魔力の爆発が起きたのは同時だった。

 魔力の爆発は演算スライムが事前に補足していた宵闇盗賊団の位置で起きていた。

 その様子から粒状の魔力は極めて隠密性に優れた斥候だったと演算スライムは断定した。

 宵闇盗賊団を補足したからなのだろう、ジルから放出される怨嗟の念は著しく強度を増した。

 それに伴って靄が徐々に形を作り始める。

 ぼんやりと輪郭を帯びてきたその姿は、球体に二対の翅が生えた様な不思議な形状だった。

 演算スライムの知る限り、類似する形状が一つだけあった。

 エルダの集書館に保管されていた神話に、その様な形状のモノが記載されていた。

 エルダ神に代表されるリリア神話の神々が信仰される以前、万物に生命が宿ると言う思想の元信仰されていた精霊達の姿に良く似ていた。

 ジルが精霊の姿形を知っていたのか、或いは元からその様な形状を伴う存在なのかは兎も角、演算スライムはその靄に精霊と言う仮称を用いる事にした。

 仮称精霊の影響下で、ジルが途轍もない脚力で地面を蹴って、跳んだ。

 演算スライムもまた、跳んだ。

 演算スライムが全力で追い駆けて尚、僅かに引き離されるペースで跳ぶジル。

 それは人族の構造的な限界を超える挙動であった。

 強烈な加速によって破壊されたジルの体組織が、仮称精霊によって即時に修復される。

 恐らく痛みも遮断されているだろうと、演算スライムは推定する。

 数キロは離れていた宵闇盗賊団に、隠蔽魔法で不可視化した上で、仮称精霊によって鋼以上の硬度を得たジルが、着弾した。

 轟音が響き、宵闇盗賊団の構成員が数名粉微塵になって絶命した。

 人族には反応不可能な速度の攻撃だったが、数名が反射的に反撃をする。

 事前詠唱によって備蓄されていた火球が出鱈目に飛び交うが、ジルには掠りもしない。

 その瞬間演算スライムは、天恵魔法がある種の予知能力を伴ったと錯覚する原因ともなった挙動を明確に観測した。

 仮称精霊がその輪郭を極めて曖昧な状態へと変化し、即座に薄い魔力が一帯を覆った。

 魔力自体は先程の粒状の魔法と同じ特性を保持していて、範囲内の如何なる存在にも影響を与えない。

 恐らく範囲内にある全ての存在を把握していると、演算スライムはそう推測していた。

 魔力が一帯を覆った瞬間から、仮称精霊はジル後頭部にある種の波長を持った魔力を照射していた。

 それは演算スライムが反響話法を行う時に用いる魔力の波長と酷似していた。

 魔力の照射を受けた瞬間、ジルはその場を僅かに移動した。

 まるで少し位置をずらせば火球が一切当たらない事を知ったかの様に。

 まるで演算スライムを雷撃に対して盾の様に利用したあの時の様に。

 ジルの左腕から鋭く削った反り鹿の骨が射出され、一際高い魔力を纏う構成員の両目が潰れる。

 最も早く得物を手にした構成員は、不可視化したまま振るわれた解体ナイフによって首を飛ばされる。

 逃げ出そうと背を向けた構成員は背後から飛来した骨片に心臓を打ち抜かれる。

 両目を押さえてのた打ち回る構成員の頭部が強化されたジルの脚力によって形を失う。

 見えない相手に翻弄される宵闇窃盗団にも、怨嗟に塗れるジルにも、演算スライムの興味は向いていなかった。

 演算スライムの興味は完全に実体化した仮称精霊だけに向いていた。

 球体は完全な球であり、ぼんやりと青白く発光している。二対の翅は昆虫のそれと同じ半透明な物で、全てが同じタイミングで羽ばたいていたが、その翅によって揚力を得ている訳では無い様だった。

 演算スライムは仮称精霊と反響話法を用いた会話を試みる。

 ジルに近い形式で情報を伝達しているのならば、反響話法も有効だと考えたからだ。

 何者かを問うその思考に、仮称精霊は一瞬羽ばたきを止めた。

[穴の、向こうの、空間の、存在]

 反響話法による返答の直後に、人族には認識不可能な音域を用いた言葉と思しき音声が届いたが、言語基盤が全く異なる為演算スライムはその音声から意味を見出す事は出来なかった。

[穴の、あちらの、空間の、身体は、久方振り]

 それだけ伝えると、仮称精霊は溶ける様に消えた。

 ジルが宵闇盗賊団を皆殺しにして、その場で放心していた。

 怨嗟の対象が無くなった為、ジルの思考は停止していた。

 その左腕はだらりと垂れ下がり、内部に収納していた骨片や金属片が先端からゆっくりと排出されていた。

 左腕を構成していた流動体の状態を察知した演算スライムは、ジルから天恵魔法を扱う素質が喪失したと判断した。

 常時纏わりついていた魔力、不完全な仮称精霊すらそこには無かった。

 即ち、この人族に特別な価値は無くなったと。

 ジルの左腕が流動体に戻り、演算スライムへと還った。

 ジルはその様子を放心状態のままずっと見ていたが、口の端に笑みを浮かたかと思うと、演算スライムの方を見ずに自嘲気味に呟く。

「ほら、言った通り、唐突に去って行く」

 演算スライムはその言葉に応えない。

 僅かたりとも思考を外部に漏らす事は無く、しかし一つだけジルに情報を伝えて、その場を去って行った。

「近くの隠れ集落って…私森の人じゃないんだけど?」

 その言葉が演算スライムの背中に届いたか否か。

 ジルにはそれを確認する術がもう無かった。

 演算スライムの去って行った方角をぼんやりと見るジルには見えていなかったが、その背後に仮称精霊が何体も出現しては、空へと溶けて行った。

 演算スライムがその場に居たのなら、きっとそれらの言葉を聞いていただろう。

[枷は、消えた、いつでも、自由に、こちら側に]

 その日以降、ユルの傭兵組合に二人の傭兵が現れる事も、周辺の街道に宵闇盗賊団が出没する事も無かった。

 それらは精霊魔法と呼ばれる全く新しい魔法が発見される百年程前に起きた事だった。

序章Bに連なる話は完結。序章Cへと続きます。

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