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左腕、直感

 ――女神録補遺より一部抜粋。

女神 :魔法は《使い方/作法》ではなく目的の種類別に《差別/区別》されていると言う事か。

フロイ:そうだ。全く嘆かわしい事に、客観的な分類方法で語られる事は少ない。故に悪しき事に使うのが白魔法、良き事に使うのが黒魔法と定義されている。

女神 :魔法は《内なる力/個性》を利用した魔法と《嵐/雲》を利用した魔法に《差別/区別》されるべきだと私は考えているが。しかし、《仔羊/羊》の《差別/区別》には《愉悦/快楽》を覚える。

フロイ:その辺りはこの私がいずれ…と、今日の議題はこの事ではなかったな。

女神 :《肯定/同意》今日の議題は魔法が発動する《作法/方法》による《区別/差別》における決まった数の《識別不能》だった。

フロイ:そうだ。例えば高位司祭の【検閲済み】が使う異端魔法は知っているだろう?まあ、対外的にはあの魔法は存在しない事になっているが。

女神 :《知覚/感知》している。【検閲済み】は通常とは異なる《識別不能》により魔法を行使している。あれはまるで【検閲済み】

フロイ:【検閲済み】

女神 :【検閲済み】

フロイ:成程、それは面白い仮説だ。しかしそうなると【検閲済み】は途轍もない才能を持っているな。普通はあれを制御なんて出来ない。

女神 :そうだ。【検閲済み】は仮定の話であれば《天才/【検閲済み】》であるとも言える。実際は【検閲済み】

フロイ:詰まり【検閲済み】の異端魔法は盟友の基準で表現するなら収斂性魔法の一種と言う事か。

女神 :だが、その発動に【検閲済み】の《意味付け/策略/思想》由来の《識別不能》は少ない。

フロイ:ああ、それはまた考察が面倒な。【検閲済み】はいっそ【検閲済み】

女神 :【検閲済み】


 目の前で解体されて行く反り鹿を見ながら、ジルは感慨深げに呟く。

「…何度見ても便利だな、これ」

 解体に使っているのはジルの新たな左腕と、小振りの解体ナイフである。

 ジル自身は左腕を動かしている感覚は無い。

 それどころか左腕がある感覚も無い。

 その左手は、ジルが空腹を感じると勝手に獲物を狩り、ジルが仕留められた獲物に近寄ると勝手に解体を始めるのである。

 今のジルにとってそんな事は驚くに値しない。日常的な風景である。

 日常的な風景であるかどうかと、それをどう感じるかは別問題であるが。

「…便利だけど、気持ち悪いな」

 勝手に魔法を使って肉を焼き始めた左腕は気にしない事にして、ジルは視線だけを動かして横を見る。

 左腕を奪った相手であると同時に左腕をもたらした相手でもある性別不詳の旅人を横目で観察するジルの表情は、渋い。

 左腕も気持ち悪いが、その旅人もまた気持ち悪いと、ジルは直感で感じていた。

 長身痩躯、良く出来た彫刻細工の様な美しい顔。

 かれこれ数か月行動を共にしているソレは、多分人間では無いとジルは考えている。

 理由は無い。直感だ。

 だが、ジルは自身の直感を他の何よりも信頼している。

 その直感に対して性別不明の旅人、演算スライムが並々ならぬ興味を抱いている事をジルは知らない。

 演算スライムはジルの方を向いていないが、その実ジルを深く観察している。

 演算スライムがジルに与えた腕は自身の流動体である。

 それを反響話法の応用でジル自身に制御させる様に設計してある。

 だが。

[毎回だが、勝手に動いている。ジルの助けになる様に]

 以前、回避不可能な攻撃を連続して回避したのはやはりこれと同じ作用だと演算スライムは結論付けていた。

 あの川沿いの道での事だ。

 対岸からの緩慢な攻撃をあの程度にしか躱せない人族が、演算スライムの人智を超えた魔法を躱せる可能性は無いに等しいのだから。

 演算スライムは、ジルと言う人族が盟友の言う所の天恵魔法を持っていると確信していた。

「助かるけど、気持ち悪い」

 演算スライムの神託はジルにしか聞こえない様にしてあるので、もし他の者が居たら独り言を垂れ流すジルも相当気持ち悪いと思うだろう。

(しかし、面白い)

 体表には全く反映させずに、演算スライムはにやりと笑った。

 演算スライムがジルに付き纏う理由がそこにある。

 ジルの使う奇異な魔法を解析するのが当初の目的だったのだが、今は単純に左腕とそれに翻弄されるジルが面白くて一緒に居るのだ。

 ジルとしても色々我慢するだけで死ぬ危険がぐっと減るのだからそれ程現状を疎んではいない。

 疎んではいないが、現状に甘えてだらだらと過ごしても良くない。

 直感でそうも思っていた。

 そしてジルは自身の直感を他の何よりも信頼している。

「傭兵になろうと思うんだ」

 左腕が解体ナイフを器用に扱い、反り鹿の骨から投擲用の刃を量産する様を眺めながら、ジルはそう呟いた。

 演算スライムは続きを促す空気を纏う。

 曖昧なものでは無い。

 漠然とした思考を反響話法で伝えているのだ。

「分かり易く説明しろと言う顔をしているな」

 ジルがそう言うが、演算水ライムは体表をどこも変化させていない。

 感じ取った漠然とした思考を、表情を幻視する事で無理矢理理解して納得させているのだ。

「いつまでも私に着いて来るって訳じゃないんだろ?」

 取り敢えずジルの寿命が尽きるくらいまでかな、と言う思考は外には漏れなかった。

「あんたは唐突に去って行く。そうなると思ってる。直感だけど」

 ジルの直感なら仕方ない、と言う思考もまた外には漏れなかった。

「この左腕があれば、そんなに大変じゃないだろ?」

 左腕は永遠に自分と共にあると考えているのか、と言う呆れもまた外には漏れなかった。

 左腕は削り出した投擲用の刃をどんどん自身の中へと納めて行く。

 うへえと、ジルが嫌悪感を声で表現した。

 その様子を見ながら、取り戻すのも結構大変そうだと演算スライムは考えていた。

 流動体に個性は無い筈なのだが、見るからにジルに懐いている。

「傭兵と言っても正規登録はしないさ。簡易登録で十分だと思う。どうかな?」

 ジルの直感には興味があるが、その人生にはこれといって興味は無い演算スライムに、賛成も反対もない。

「そう、良かった。明日にはユルに着くからそこで登録しようと思ってる」

 そんな考えを曖昧に反響話法で伝えると、ジルはそれを賛成と受け取った。

 反響話法を用いて玉虫色の回答を伝えるのは不可能に近い。

 相手に語彙力が乏しければ尚の事。

 演算スライムは繊細で曖昧な含みが込められた思考も正確に理解した盟友との会話を思い起こした。

(あれはあれで異常か)

 ジルは足りないが、盟友は過剰なのである。

 しかし、だからこそ、ジルが傭兵になると言うのはいい事かも知れないと、演算スライムは思い直した。

 盟友は大抵の場合で持てる能力を使いこなしていた。

 ところがジルは自身が天恵魔法を持つ事から知らない。

 持てる能力を使うとか使わないとか、そんな次元の話では無いのだ。

 遭遇してから現在に至るまでで、左腕を介さない方法での天恵魔法行使は演算スライムがジルを殺そうとしたあの瞬間のみだったのだから。

 小さな行使であれば日常的にあるが、影響が小さすぎて天恵魔法の解析には全く役に立っていなかった。

 いい加減、天恵魔法行使の瞬間を見せて欲しいと。

 そう言えるのなら話は早いのだが、ジルは天恵魔法と言う言葉を知らない。

 言葉を知らないばかりか、天恵魔法そのものを知らない。

 反響話法が相手の言語基盤に依存する話法であるが故の問題だ。

 互いに共通する既知の話題以外は会話が成立しない。

 会話で天恵魔法の行使を促せないのなら、天恵魔法を行使する様な環境を与えれば良い。

(傭兵なら、死の危険位いくらでもぶつけられる)

 そんな物騒な思考は、演算スライムが漏らさない限りジルには伝わらない。

 この様にしてジルは自らを危険な環境へと向かわせる事になるのだが、それすらも天恵魔法に影響されての事であるとは、演算スライムすらこの時点では算出出来ていない。

 演算能力が天恵魔法の核心へと到達出来ないのは仕方の無い事でもある。

 この時点での天恵魔法は未完成で不安定な魔法であったのだから。

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