序章B
(あ、死んだ私)
ジルは直感的にそう感じると同時に全力で横に跳んだ。
受け身を取る事も考えずに無様に跳んだ。
当然の結果として体中を地面に削られながら転がる。
痛みに顔を顰めて起き上がると、左腕は無かった。
「うぅ…」
呻き声は一瞬。
焼ける様な痛みは忘れる事にする。
素早く周りを見ると、下半身が一つと左半身が一つ。
地面が軽く抉られ、姿が見えないのが三人。
自分達が襲い掛かった背の高い男か女か分からない旅人は、悠然と佇んでいた。
その視線はジルを捉えていない。
視線は川向うに向いていた。
(本隊が居る所?)
旅人の注意が逸れている隙に麻紐で強引に止血を済ませたジルは、川向うから来る筈のモノに気が付いて慌てて飛び退く。
数条の雷撃がジルの居た場所を焦がす。
宵闇盗賊団の本隊からの雷撃だ。
襲撃した人間から使えそうな者は殺さずに奴隷に様に使い、逃亡者は殺される。
ジルを襲った宵闇盗賊団とはそう言った集団だった。
襲撃に失敗したジルは用済みである。
(くっそ、腕が無いせいでバランスが…!)
飛び退いたジルはまたしても無様に地面に身体を打ち付ける。
だが、そんな事に気を取られている暇は無い。
腕の切断面から血が流れる嫌な感触を振り解く様に、もう一度跳ぶ。
しかし、先程より飛距離の短い跳躍では追撃を避けきれない。
雷撃が背中を掠める。
即死は免れたものの、身体の制御が失われた。
気持ち悪さと嫌な汗が全身から噴き出る。
それでも、ジルは悪足掻きを続ける。
身体を攀じる様にしてその場から少しでも離れようとする。
しかし身体は殆ど動かない。
死の恐怖に怯えながら必死になって動こうとするジルは、辛うじて自由に動かせる視線を川向うに向ける。
性別不詳の旅人がジルの視線を遮る様にそこに居た。
旅人の後ろで雷撃が弾け閃光が連続して瞬く。
まるでジルの盾になるかの様な位置に性別不肖の旅人は居た。
不意に、旅人がジルの方を向いた。
[何故死なない?]
旅人はそう言った。
そう言った様に、ジルは感じた。
次の瞬間、ジルは別の場所に居た。
先程まで居た川沿いの道では無い。暗い、どこかに。
冷たい空気が火照っていた身体を包んでいた。
遠くで水音がする。
取り敢えず当面の危機は無くなったと思うと同時に、ジルの意識は冷たい空気に溶ける様に散って行った。
目の前に居る性別不詳の旅人に得体の知れない恐怖を抱きながら。
[お前は明らかに外れ値だ]
散り行く意識の中、そんな言葉を聞いた気がした。