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焔駆けつ  作者: 鏑木恵梨
8/11

 館の外に出、まず気づいたのは静けさであった。

 ……倉にも武者がいたはずだが。

 不安に苛まれながら、私はあたりを見回す。

 なだらかに下りゆく地の上に、荘の人々の姿は認められない。

「荘の名代どの」

 背後からの声に、驚いて身をひるがえす。

 御曹司の影にいた若い猟師である。馬を不器用そうに曳いていた。

 不来坂を越えた、同じ丹波国は鷲尾の住人。探すよう命じられた、男でもあった。

「あなたが鷲尾のお方か」

「三郎と申します……随分、お疲れのようすですな」

 会釈もせず訊ねた答えを、彼は労わりのことばで返した。

「お歴々が軍議に参れと仰せですぞ」

「俺は道々案内をするだけじゃ。行っても佐藤兄弟のコケ脅しを食らうだけよ」

 飄々としたものである。

 だが好意は持てない。達観しきった目は、ものごとを茶化すような印象を受ける。

 それに何より……。

「あなたたちか。当荘に米が余っていると偽りを申したのは」

「長老が云うたかも知れぬな」三郎は私を斜交いに見た、「おまえさん、断ったのだな」

「断る以前に、無いのだ」

「ここを訪れたとき、子供がいたではないか。子供が生きているくらいだ。少しくらいはあるだろう」

「飢え死にを承知で渡せと」私は眉を寄せた、「あなたは武士ではないのに、よくもかく申せますな」

 三郎は黙った。引き続き、私を斜交いに眺めている。

 それは答えを探しているというより、むしろ私を観察しているようであった。

 沈黙に覆われる。

 私もそれ以上、言葉を継ぎはしなかった。

「平家など」沈黙を破ったのは三郎だった、「平家は所詮、財を独り占めにし慣れ、味方してもこのような小さな荘園などに感謝はせん。いまさら、平家に肩入れして何になる」

「平家源家は関係ない」

「ならば飢えていようが死にかけていようが、源家にはおとなしく従うがよかった」

 朝日将軍は耳にしていよう。

 木曾の源家の将軍、義仲さまのことだ。平家の公達が去ったあと京に入った義仲さまは「朝日将軍」と呼ばれた。が、将軍とその郎等の傍若無人ぶりに都人は辟易した、という。

 源家の人はかく成ればなにをするか分からん、と三郎は続ける。

「だが、だ。味方なれば態度は別。ゆえに鷲尾では、死にかけや婆の家を選んでそこから食料を捻出したわけさ」

 いずれ死ぬ者に食わせたって仕方ないからな。

 三郎は淡々と、そう云った。

 私は、言葉を失った。

 われわれは全員が食いつなぐことだけを考えた。だから米を隠した。

 だがそれは、甘い考えであったのか。


 空は黄昏がかっていた。

 背後の山から吹き降ろす風が、身にしみつつある。

 こうなれば夜の帳は今にも下ろされる。山里の凍てはすぐにやってくる。


「ついでに云うと、身内になればさらに待遇は良い。俺は道案内をかって出た。食物を出さずとも済んだという話さ」

「そこまで媚びるのか」

「媚び? 時勢を見たまでのこと」

「いままでの話、鷲尾の方々の総意ではあるまい」

 らちも無い。

 と、三郎は軽く笑った。私は肯定と受け取った。

「館まで、俺はおまえさんに無言で訴えていたんだ。九郎義経さまは甘く見ぬほうが良いと……薄ぼんやりの軽い人だが、身内の人心を上手く操ることには長けているらしい。対立したものにはとことん嫌われるようだがね……長老の一人は、従う俺の顔も二度と見たくないと云ったよ」

「……ご助言感謝するが、いささか遅きに失したようだ」

「空腹と疲労で、武者どもは戦意を失くしていた。それを義経さまは憎悪の念で再び鼓舞したのだよ。この荘ご自慢のかわらけを食え、と命じることでね」

 私は思い出した。

 庫を占めていたはずの武者たちの姿を。本当に破片を食えと命ぜられたのか。それでは武者たちは……。

 私は再びあたりを見回す。

 三郎は意図を察し、庫を指差して物語るように話した。

「義盛さまが『これを食え』とかわらけを差し出したら、奴ら集落のほうへと去っていったぞ」

 なんてこと……!

 きびすを返し、集落へ向かわんとする私の腕を、三郎はむずと掴む。

「離せ!」

「興奮するな。おぬし、集落へ下りて行っていかにする」

「いかにするも何も」

「それで米が残ればよかろう」

「きさま……」

「それが第一義であったのだろう? いま少し頭は良いかと思うたがな」



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