表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
焔駆けつ  作者: 鏑木恵梨
7/11

「偽りなど申しませぬ」

 私は毅然と反論した。

 現にわれらは日々の米のため、土を捏ね炎と闘う一年を過ごしたのだ。支えたのは荘の子供が山に入り採った菜、老人が育てる根、女が執る弓矢で得た獣だ。

 馬も牛も食い尽くし、村が持つものは窯しか無い。米俵を運んだ馬も住吉社から購ったものだ。

 なにが偽りなものか。

「近在の村々に器を高く売りつけ、米を手に入れておるという」義盛という方は冷淡に語った、「対価の米も例年増しで要求しているそうではないか。しかも秋の収穫後のいずこにも米がある時分に限り、米は多く、器は少なく、とな。あの村には米が余っている、と他所の者が申していたぞ」

「米の余剰と器の高騰は別儀の話です。米を多くいただくのは他方へお譲りする数が無いため」

「卑怯とは思わぬか? 他の村々の庫のようすを察していながら、容赦なく米を要求するとは」

 卑怯。

 これが卑怯と武者は云うのか。

 この荘は山間に細長い。土も器にはよいが作物には悪い。だから焼物で食いつないでいたのだ。

 不来坂を越えれば広い土地がある。武庫川の水利良く、作物も育つ。

 米が作れぬから、器と交換する。米を能く作り得るから、器を他所より手に入れる。

 これは住み分けではないか。

 なにも他所から強奪したわけでもない。

 他所も食物が無いことくらい分かっている。先方に無ければ、こちらも食物を得るすべは無いのだ。

 だから焼物をより美しく造り上げ、住吉社に売り込むことに活路を求めたのではないか。

「お察しください」

 私は深く一礼し、云った。

 拳を強く握り締める。親指の爪が指に食い込み、下唇に歯形を刻み込む。

「他所と同じく皆、息細うして日々を過ごしております。当荘よりお力添えできるものは……間の隅にございます器のみ」

 私はそのまま顔を上げなかった。

 ぽつりと、御曹司の声がした。

「飯の種、か」

 ……そのあと、太い声がこだました。

「愚弄者!」

 続いて、鋭く、かつ鈍い音が響いた。

 私は思わず顔を上げた。

 嘆くことも、そして呼吸さえも忘れた。


 散乱する灰色の塊りを……。

 私は呆然と眺めた。


「我等は物乞いではないぞ!」

 鬚武者は仁王立ちで、さらに今ひとつの器を振り上げる。

「嗣信、止めておけ」

 鬚は振りかざした腕をぴたりと止めると、乱暴に器を置いた。

 御曹司は立ち上がり、破片を拾う。

 その掌に弄ばれる破片は、時々小さな音を立てていた。

「忠信」

「はっ」

「これを預けおく」

「細かく砕き皆に渡せ。これが、この地での飯であると」

 明らかにそれは挑発であった。

 忠信とやらは今一度拝礼するや、一歩を踏み鳴らしながら広間をあとにした。

 配下を見送った御曹司は、私に向き直って云う。

「名代どの、飲み水くらいは所望できましょうな」

「……ご随意に」

 言葉が出ない。

 水引く田もない、食事もまともに取れはせぬ、あらゆる皮肉が浮かぶ。それらは胸のうちに留め、打ち消してゆく。

 すべてのど元までに止めた。口に出したが最後、皮肉は罵倒へと変わるやも知れぬ。

「軍議を開く。鷲尾はいずこに居る」

 筆頭に座す義盛とやらが答える。

「どこかを歩きまわっておるようです」

「しようの無い奴」

 御曹司は目を細めた。

 では代わりに名代どのに訊ねるとしよう。彼はそう云うと、義盛に目配せを送る。

 義盛はぎらりとした眼を私に向け、三草山までの距離と周辺の様子を尋ねた。

 私は求められたことだけを簡潔に答える。

 徒歩で一刻。山まではなだらかに下りつづけ、手前には沼がある。沼を越えたそこは、ここにまして土地は狭い……。平氏の陣容は知るはずが無い。

 ひととおり問答が終わると、私は「鷲尾」なる者を連れてくるように申し付けられた。

 私は引き受け、一礼すると席を立った。

 これ以上、この場に留まりたくはなかったのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ