七
「偽りなど申しませぬ」
私は毅然と反論した。
現にわれらは日々の米のため、土を捏ね炎と闘う一年を過ごしたのだ。支えたのは荘の子供が山に入り採った菜、老人が育てる根、女が執る弓矢で得た獣だ。
馬も牛も食い尽くし、村が持つものは窯しか無い。米俵を運んだ馬も住吉社から購ったものだ。
なにが偽りなものか。
「近在の村々に器を高く売りつけ、米を手に入れておるという」義盛という方は冷淡に語った、「対価の米も例年増しで要求しているそうではないか。しかも秋の収穫後のいずこにも米がある時分に限り、米は多く、器は少なく、とな。あの村には米が余っている、と他所の者が申していたぞ」
「米の余剰と器の高騰は別儀の話です。米を多くいただくのは他方へお譲りする数が無いため」
「卑怯とは思わぬか? 他の村々の庫のようすを察していながら、容赦なく米を要求するとは」
卑怯。
これが卑怯と武者は云うのか。
この荘は山間に細長い。土も器にはよいが作物には悪い。だから焼物で食いつないでいたのだ。
不来坂を越えれば広い土地がある。武庫川の水利良く、作物も育つ。
米が作れぬから、器と交換する。米を能く作り得るから、器を他所より手に入れる。
これは住み分けではないか。
なにも他所から強奪したわけでもない。
他所も食物が無いことくらい分かっている。先方に無ければ、こちらも食物を得るすべは無いのだ。
だから焼物をより美しく造り上げ、住吉社に売り込むことに活路を求めたのではないか。
「お察しください」
私は深く一礼し、云った。
拳を強く握り締める。親指の爪が指に食い込み、下唇に歯形を刻み込む。
「他所と同じく皆、息細うして日々を過ごしております。当荘よりお力添えできるものは……間の隅にございます器のみ」
私はそのまま顔を上げなかった。
ぽつりと、御曹司の声がした。
「飯の種、か」
……そのあと、太い声がこだました。
「愚弄者!」
続いて、鋭く、かつ鈍い音が響いた。
私は思わず顔を上げた。
嘆くことも、そして呼吸さえも忘れた。
散乱する灰色の塊りを……。
私は呆然と眺めた。
「我等は物乞いではないぞ!」
鬚武者は仁王立ちで、さらに今ひとつの器を振り上げる。
「嗣信、止めておけ」
鬚は振りかざした腕をぴたりと止めると、乱暴に器を置いた。
御曹司は立ち上がり、破片を拾う。
その掌に弄ばれる破片は、時々小さな音を立てていた。
「忠信」
「はっ」
「これを預けおく」
「細かく砕き皆に渡せ。これが、この地での飯であると」
明らかにそれは挑発であった。
忠信とやらは今一度拝礼するや、一歩を踏み鳴らしながら広間をあとにした。
配下を見送った御曹司は、私に向き直って云う。
「名代どの、飲み水くらいは所望できましょうな」
「……ご随意に」
言葉が出ない。
水引く田もない、食事もまともに取れはせぬ、あらゆる皮肉が浮かぶ。それらは胸のうちに留め、打ち消してゆく。
すべてのど元までに止めた。口に出したが最後、皮肉は罵倒へと変わるやも知れぬ。
「軍議を開く。鷲尾はいずこに居る」
筆頭に座す義盛とやらが答える。
「どこかを歩きまわっておるようです」
「しようの無い奴」
御曹司は目を細めた。
では代わりに名代どのに訊ねるとしよう。彼はそう云うと、義盛に目配せを送る。
義盛はぎらりとした眼を私に向け、三草山までの距離と周辺の様子を尋ねた。
私は求められたことだけを簡潔に答える。
徒歩で一刻。山まではなだらかに下りつづけ、手前には沼がある。沼を越えたそこは、ここにまして土地は狭い……。平氏の陣容は知るはずが無い。
ひととおり問答が終わると、私は「鷲尾」なる者を連れてくるように申し付けられた。
私は引き受け、一礼すると席を立った。
これ以上、この場に留まりたくはなかったのだ。