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焔駆けつ  作者: 鏑木恵梨
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「申し訳ございませぬが、私どもではお力添え申し上げることができませぬ」

「なんと申したか!」

 ひげは白い歯を剥いた。

 私は静かに、繰り返した。

「お力添えはできませぬ」

「われらは法皇が御志を受け、院宣を賜り、朝に夕に駆けて参ったのだ。玉体御無事に今上をお救い申し上げるためにだ。それをそなた」

「この村は、さては平氏の一党であるな」

「出さぬとあらば、そなたら逆賊じゃ」

 居並ぶ武者はうち揃って肩を怒らし吼えた。いきり立ち、まさに今や太刀を抜かんばかりである。

「断るか、断るならば」などという言葉さえ聞こゆる。

「……これは慮外。平氏の味方とはとんでもございませぬ」

 正直なところ、斯くも極端な態度を見せるとは思っていなかった。

 私は阿呆のように間延びした声で、わざと大仰そうに嘆いた。刺激をせぬため、言葉を重ねず否定した。

 だが、先ほど熱弁を振るった武者は興奮気味に糾弾する。

「虚言を申すでないぞ」

 鬚も額に青筋を浮かせて続き、他にも怒りが伝播する。

「そうだ、ここは福原に近い」

「平氏の一党に違いなし」

「平氏の一党であるから同心せぬのだな!」

 かくも扱いがたき坂東武者かな。

 私は放蕩無頼さに辟易し、途方に暮れつつあった。

「あなかま」

 ぽそり、とつぶやきが漏れた。

「止めよ、嗣信、忠信」

 鬚男らの兄弟をはじめ、一同みな静まった。その声の主を仰ぐ。

 意外なるや、場を救ったのは御曹司九郎義経であった。

「名代よ」

 御曹司はゆらりと腕を上げ、その手の扇で私を指した。

 弁明をせよ、ということらしい。

 私はこの不思議な源家の大将の意図を受け、語る。

「当地は土地狭隘にして平地無く水利悪く、常々生活に苦心しております。また近年来作付け悪く、庫は出挙の米に春の籾とて無く、日々に苦しむ有様。平家の方々であろうと源家の方々であろうと、無いものは渡せぬのです」

 一同、暫く押し黙った。

 私は一息つくと、さらに付け加える。

「私の脾肉くらいでございます。差し上げられるのは」

 それも皆様には渡りますまいな。

 私はそこで言葉を切り、首を垂れて上目遣いで御曹司を見た。

 御曹司は興奮は無いようであったが、されど落ち着き払っているようにも見えなかった。ひっきりなしに扇を弄び、部屋の隅にある焼物を凝視したかと思うと、ぼうっとした様子で他人事のように並居る郎等を眺めている。

「義盛」やがて御曹司は短く云った、「申せ」

 御曹司の命に「は」と短く答えて一礼した男。

 野人のような面相であるが、郎等中で最も御曹司の近く上座に座している。

「名代どの、要は、ここには米が無いということですな」

「その通りです」

「では、この荘園では、なにを食しておられる」

「草の根に稗のかすをすりつぶした粥」

「米は近来、一度として、食したことはない、と」

 意地の悪い問いだ。

「稗ばかりにございます」

「相違ないな」

 義盛なる方は馬が草を食むように、いちいち噛みしめながら問いかける。

 うっとおしい事この上なく、私はおざなりに「相違ありません」と答える。

「偽りを申すな!」

 横から怒号が飛ぶ。

 またしても嗣信忠信とか云う、鬚男であった。



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