六
「申し訳ございませぬが、私どもではお力添え申し上げることができませぬ」
「なんと申したか!」
鬚は白い歯を剥いた。
私は静かに、繰り返した。
「お力添えはできませぬ」
「われらは法皇が御志を受け、院宣を賜り、朝に夕に駆けて参ったのだ。玉体御無事に今上をお救い申し上げるためにだ。それをそなた」
「この村は、さては平氏の一党であるな」
「出さぬとあらば、そなたら逆賊じゃ」
居並ぶ武者はうち揃って肩を怒らし吼えた。いきり立ち、まさに今や太刀を抜かんばかりである。
「断るか、断るならば」などという言葉さえ聞こゆる。
「……これは慮外。平氏の味方とはとんでもございませぬ」
正直なところ、斯くも極端な態度を見せるとは思っていなかった。
私は阿呆のように間延びした声で、わざと大仰そうに嘆いた。刺激をせぬため、言葉を重ねず否定した。
だが、先ほど熱弁を振るった武者は興奮気味に糾弾する。
「虚言を申すでないぞ」
鬚も額に青筋を浮かせて続き、他にも怒りが伝播する。
「そうだ、ここは福原に近い」
「平氏の一党に違いなし」
「平氏の一党であるから同心せぬのだな!」
かくも扱いがたき坂東武者かな。
私は放蕩無頼さに辟易し、途方に暮れつつあった。
「あなかま」
ぽそり、とつぶやきが漏れた。
「止めよ、嗣信、忠信」
鬚男らの兄弟をはじめ、一同みな静まった。その声の主を仰ぐ。
意外なるや、場を救ったのは御曹司九郎義経であった。
「名代よ」
御曹司はゆらりと腕を上げ、その手の扇で私を指した。
弁明をせよ、ということらしい。
私はこの不思議な源家の大将の意図を受け、語る。
「当地は土地狭隘にして平地無く水利悪く、常々生活に苦心しております。また近年来作付け悪く、庫は出挙の米に春の籾とて無く、日々に苦しむ有様。平家の方々であろうと源家の方々であろうと、無いものは渡せぬのです」
一同、暫く押し黙った。
私は一息つくと、さらに付け加える。
「私の脾肉くらいでございます。差し上げられるのは」
それも皆様には渡りますまいな。
私はそこで言葉を切り、首を垂れて上目遣いで御曹司を見た。
御曹司は興奮は無いようであったが、されど落ち着き払っているようにも見えなかった。ひっきりなしに扇を弄び、部屋の隅にある焼物を凝視したかと思うと、ぼうっとした様子で他人事のように並居る郎等を眺めている。
「義盛」やがて御曹司は短く云った、「申せ」
御曹司の命に「は」と短く答えて一礼した男。
野人のような面相であるが、郎等中で最も御曹司の近く上座に座している。
「名代どの、要は、ここには米が無いということですな」
「その通りです」
「では、この荘園では、なにを食しておられる」
「草の根に稗のかすをすりつぶした粥」
「米は近来、一度として、食したことはない、と」
意地の悪い問いだ。
「稗ばかりにございます」
「相違ないな」
義盛なる方は馬が草を食むように、いちいち噛みしめながら問いかける。
うっとおしい事この上なく、私はおざなりに「相違ありません」と答える。
「偽りを申すな!」
横から怒号が飛ぶ。
またしても嗣信忠信とか云う、鬚男であった。